第29話

※第三者(副隊長)視点


昼休憩の鐘が鳴るや否や。

隊長が「ちょっと出てくる」と席を立った。またイズルくんの周辺をうろつくのだろう。目を向けると、隊長の手には紙袋が。王都で一流と言われる店のものだ。

…イヤな予感がする。止めさせなければ。


「イズルくんを見かけても、世間話するだけにしろよ。…まかり間違っても、高価な贈り物をするんじゃない」


俺の予感は的中したようで、隊長は苦々しげに俺を見据えた。


「なぜだ?」


何故なぜと思うんだろう。噛み砕いて教えないといけないのか。


「まだそこまで親しくないだろう?自分に置き換えて想像してみろ。

例えば俺が隊長の誕生日に高価なプレゼントをする。それは受け取るだろう?」


「そうだな」


「じゃあ、誕生日でもないのに、さほど親しくない…例えば、毎日挨拶する受付嬢から高価なプレゼントをされたら、受け取るか?」


隊長は『何を分かり切ったことを』という表情を浮かべた。


「いや。何か下心なり思惑なりがあると判断する。受け取るわけがない」


「だろう?受け取らないし、それに距離を置こうと思うだろう?隊長とイズルくんの仲は、まだそんなものだ。現実を受け止めてくれ」


隊長はしぶしぶといった様子だが納得してくれて、手にしていた紙袋を机の引き出しにしまった。

そして「では、今度こそ行ってくる」と、出て行った。

大丈夫かな…。


昼休憩が終わる鐘が鳴ると同時に、隊長は執務室へ戻って来た。

その表情はどこか楽し気だ。子供の頃からの付き合いだからこそ分かる、機嫌のよさ。


「あの子が泊まりに来ることになった」


俺はペンを落とした。


「何だって?急に進展したんだな、何があったんだ?」


よくよく話を聞くと、泊まりに来ることが決まるのが決定したわけではなかった。今日の夜に、保護者の了解を取り付けに行くという。


「あのな…泊まりが決まっても、変なことするんじゃないぞ。紳士的に接するんだぞ?あくまで友達だからな?」


「分かっている」


本当に分かってんのかな。



翌日。

俺が出勤したあとで隊長はやってきた。昨日と同様、機嫌はいい。話しかけてもいないのに、勝手に話を始めた。


「あの子が気に入るような部屋を、屋敷の者に急ぎ準備させている」


「あの子はまだ幼いから、甘い菓子などが好みだろう。峠を越えた先の街にある、評判の焼き菓子を買いに行かせた」


「あの子が屋敷を気に入ったら、粗末な家に帰さずに、ずっと住まわせようと思う」


隊長が暴走しかけている。

部屋を準備させている?どういうことだ?ゲストルームは常に手入れがされているだろう?

峠を越えた先?往復でも馬車で半日かかる。そこまでわざわざ?

屋敷を気に入ったらずっと住まわせる?何でそんなにポジティブ思考?


『友達として接しろ、少しずつ仲良くなれ』という俺のアドバイスはすぐに忘れるようだ。ことあるごとに言い聞かせないとダメなのか?何でこんなに忘れっぽんだ?

恋をして変質してしまった隊長に改めて慄いている俺に、隊長は薄く笑って告げた。


「ところで、急だが明日は休暇を取ることにした。今日も夕刻には帰宅する」


「…承知」


俺は固く決意した。勤務が終わったら、様子を見に行こう。



俺の仕事が終わったのは、日が暮れたあとだった。

こんな日に限って、帰ろうとすると「式典の警備のことで」だの「養成学校の学生の各隊への選抜について」だの、今じゃなくてもいいだろうって案件が回ってきた。


書類を整理し、明日の段取りを組んだところで、ようやく詰所を出た。足早に向かうのは、隊長の屋敷だ。


子供の頃から友人関係を築いているので、俺は夜更けの訪問も許される立場だ。

屋敷の重厚な玄関ドアをノックすると、すぐに使用人がドアを開けた。


「リシュは…?」


「お部屋にいらっしゃいますが、その…」


「上がらせてもらう」


何度も来たことのある屋敷なので、案内無しでずいずいと目的の部屋へ向かう。使用人がオロオロしていて少し可哀想なこともしたが…。


「入るぞ」


ノックもせずにドアを開けるが、隊長の自室には誰もいなかった。イズルくんの部屋にいるのだろうか。

と、思ったが。


浴室から水音が聞こえてきたので、ただ風呂に入ってるだけかと理解。

…ひとりだよな?まさか、イズルくんと入ったりしてないよな?邪な想いを抱いて、一緒に風呂に入ったりしてないよな?


しばらくすると、隊長が浴室から出てきた。ひとりで出てきたので胸を撫でおろした。

ホッとしてる俺を見て、隊長は眉を顰めた。


「どうしてここに?」


「心配になって」


「安心しろ。それなりに順調だ」


隊長の恋の行方を心配してるというより、今はイズルくんのことが心配なのだ。

だが、何も言うまい。


「そうか。それならよかった」


「ただ、一緒に風呂に入るのは拒否されてしまった」


イズルくん、言うときはちゃんと言える子なのか。流される子だったら、危ないところだった。

内心ホッとしていると、隊長がやれやれといった風に薄く笑った。


「あの子は恥ずかしがり屋なんだろうな」


恥ずかしいとか、そういう問題じゃないと思うが…。



その後、隊長と仕事のことで話し込んでしまった。ふと時計を見ると、10時になる頃。「そろそろ帰るよ」と伝えると、隊長も椅子から立ち上がった。


見送りしてくれるのかと思いきや、隊長はイズルくんの部屋に向かうのだと言う。

…念のため、俺もついていくことにした。


俺も泊まったことがあるゲストルーム。

そこをノックするが、返事はない。「寝てるんじゃないか?そっとしておこう」と俺が言う間もなく、隊長は不躾にドアを開けた。


そしてビックリ。

俺が泊まった時とは全く別の内装になっていた。これが隊長のイズルくんへのイメージなのか。いろいろとツッコミたいことはあったが、ガマンする。


部屋はすでに暗く、ベッドがこんもりしているのが見えた。

「ほら」と、俺が声を潜めて退室を促したが、隊長はお構いなしでベッドに近づく。


仕方なく、俺も隊長の後を追う。


イズルくんは、ぬいぐるみを抱えて縮こまって寝ていた。初めて来た家で、不安で寂しいんだろう。俺はそう思った。隊長もそう思ったのだろう。


「一緒に寝たほうがいいのだろうか?」


その呟きを聞いて、頭を抱えた。寂しさを汲み取ることはできても、寂しさを解消させる方法がズレている。


イズルくんを覗き込む隊長を引っ張って、何とか部屋を出た。

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