第26話

泊まりに行くと決まったものの…。

なんだか心配だ。そんなとこと思って、おっちゃんと一緒にベッドに入った。


「枕を干してくれたのか?」


おっちゃんは枕にすぐ気がついてくれた。干した甲斐があった。


「うん。たまにはいいことするでしょ、俺って」


「ありがとうな」


おっちゃんは横を向いて、何をするかと思うと。

俺をなでなでして、そしてギュって抱き寄せた。おっちゃんの胸板、厚い。


「おっちゃん、明日やっぱり怖いんでしょ?」


夜間演習、俺なら怖いもんなあ。

そう思って、おっちゃんを茶化した。茶化したから、くすぐりの刑にされるかなって構えた。だけど。


「坊主に何かあったらと思うと、それが怖いな」


おっちゃんってば、俺の心配ばっかりする。


「大丈夫だよ。隊長さんの家だから、多分大丈夫だよ。怖いこと起こらないよ。

おっちゃんこそ大丈夫?俺の心配しすぎて、夜間演習で失敗しちゃうかもよ?」


あんまり心配してほしくなくて、わざとエラそうな口を利いてみた。

そしたら、「生意気な坊主め」って言われて、今度こそくすぐりの刑にされた。


そんなこんなで、おっちゃんとくっついて寝た。明日は一人で寝るのか…と思うと、少し寂しかった。もしかしておっちゃんも少し寂しいのかもしれないな。



翌日。

朝はおっちゃんと一緒に大通りまで出勤。


「いいか。お行儀よくするんだぞ。できるな?」


「できるよ」


「ようし。じゃあ、明日の夜に帰ってくるからな」


おっちゃんは大きい手で、俺の頭をたくさんわしわし。絶対に怖いこと起こらない。そんな気持ちになった。


ぶんぶんと手を振って、明日の夜まで暫しのお別れ。そして、今日は隊長さんの家にお泊り。


仕事中は仕事に集中して余計なことは考えないけど、「お疲れさまでしたー」って言って郵便局から一歩出たら…ドキドキしてきた。

このまま直接、隊長さんのお家に行くことになってる。


あのお屋敷、中はどうなってるんだろ。

俺は何をして過ごすんだろ。

本当に俺が行ってもいいんだよね?

お泊りさせてもらうから手土産とか持って行ったほうがいいのかな。でも、何買ったらいいか分かんないや…。


頭の中でなんだかんだ考えつつ、のろのろしてるけど足は勝手に動く。

ちゃんと覚えてる。お金持ちの地区の場所も、そこでいっちばん大きいお屋敷も。


そういえば。

庭が広くて玄関まで結構距離あったように思ったけど、勝手に庭を突っ切って玄関まで行っていいのかな?

はあ…。ヨソのお家は緊張するなあ。ソワソワドキドキ。


が、しかし。そんなソワソワドキドキはしなくてよかった。


「お待ちしておりました」


門の前で、使用人さんは待ち構えてたのだ。ソワソワドキドキの代わりに、ビックリ。じゃなくて、ビックリしてる場合じゃなくて。


「初めまして。隊長さんの友達のイズルです…」


待ってたってことは俺が何者か分かってるんだろう。変な自己紹介しちゃったかなと思ったけど、使用人さんはニッコリしてくれた。


「こちらへどうぞ。リシュ様は本日、夕刻にはお戻りになる予定です」


使用人さんに案内され、広いお庭を抜けてお屋敷に辿り着いた。スゴイ。

とにかくスゴイ、お屋敷の中。絨毯がフワフワなこととか、飾られてる絵や壺とか。

廊下を歩いてるだけで圧倒されて、なんだか疲れた。


そして、辿り着いたある部屋。


「この部屋をお使いください」


そこは。何と言っていいのか。まず、広かった。おっちゃんと住んでるアパートよりも広いだろうなと思った。

でも、それよりも驚くべきは。この部屋は、白とピンクのレースとフリル、そして、たくさんのぬいぐるみで構成されていた。

…ここで俺がくつろぐの?もっと他に部屋は無かったの?


あまりの乙女チックさにキョロキョロしまくってると、使用人さんが微笑んだ。


「気に入っていただけましたか?すぐに、飲み物をお持ちしますね」


気に入ってはないけどね…。なんなの、この乙女チック部屋。

だけど微笑まれてしまっては、イヤです、とは言えない。


使用人さんが部屋から出たのを見計らって、俺は部屋をウロウロした。


メルヘンなソファに、お姫様が寝るようなベッド。まさか、俺がここで寝るの?俺は男だよ。本当はもうすぐ17歳だよ。


ゾワゾワってなりつつ更に探索。

テーブルの上に、クッキーが置いてあるのを発見。

食べてもいいのかな。きっといいよね。

ひとつ手に取り、口に入れてみる。バターたっぷりの高級な味がした。

おっちゃんにも食べさせてあげたいな…。

誰もいないのをいいことに、ハンカチにコソコソっと包んでポケットに入れた。よし…。


ちょうどそのあとで、使用人さんがお茶を持ってきてくれた。

「どうぞゆっくりおくつろぎください」と言い残し、出て言っちゃった。だから、俺はお茶を飲みながら更にクッキーをもごもご。


くつろいでくださいって言われたけど、クッキー食べたらすることもなくなった。

暇だな。新聞でもあればいいのに。


メルヘンなソファに体を沈める。

なんだか眠くなってきた。


ソファに並べられていたぬいぐるみを抱えて、ウトウト。

ウトウトしてたら、いつの間にかグッスリ寝てしまってた。

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