第23話

※第三者視点の続き



騎士団としての任務がそこそこ忙しく、隊長もさすがに運命の君に会いに行く時間が作れないようだった。


ただ、毎日、隊長の言葉にゾワゾワさせられた。

ある時、窓の外を見て眉を顰めた。


「こんな寒い日に、あの子はあの粗末なアパートで男と二人で暮らしているのか…」


ある時は、茶を飲みながら眉を顰めた。


「あの子は、ちゃんと温かい物を与えられているのだろうか…」


日に何度もそんなことブツブツ言ってた。

執務室で俺と二人のときにしか言わないことがせめてもの救い。不気味な隊長を他の人間に晒すわけにはいかない。


そんなある日のこと。


訓練を終えて執務室に戻ると、入れ違いに文書課の者が執務室から出てきた。

何か書類を届けに来たのだろう。

新しい任務だろうか、と思い部屋に入って隊長に目を遣った。


隊長は、書類を手にしてワナワナと震えていた。

そこまで感情を露わにするほどの悪いことが?一体何の報告だ?何の任務だ?

緊張して隊長の言葉を待つ。


しかし、隊長の口から出た言葉は。


「あの子は…」


俺は一気に気が抜けて、どさりと椅子に座ることしかできなかった。

仕事のことじゃないのか。運命の君に関することか。


「隊長の運命の君?どうかしたのか?」


「あの子と一緒に住んでいる男…。過去に性犯罪を犯した疑いがある」


性犯罪という言葉は、さすがに適当に流すことができなかった。

言葉に詰まる。何と言葉をかければいいだろうかと躊躇っていると、隊長は勢いよく立ち上がった。


「あの子を助けてあげなければ…!」


隊長はコートを手に取り、羽織りながら早足で執務室を出て行った。


隊長の机の上に残された報告書を見る。

報告書には、キッチリと文書課の押印がされていた。


「…私的な理由でこの報告書を作らせたんだろうなあ…」


隊長が調べさせていた男。

以前は騎士団に所属していたが、警護任務中に警護対象である上流貴族の奥方に乱暴未遂を起こした疑いがあり。


「あくまで、“疑い”なのか」


事件化することは無く決着したが、半ば解雇という形で騎士団を離れ、現在は一般騎士養成学校で教官を務めている、と。


「乱暴未遂が疑いでも、そんな疑惑のある男のところに運命の君を置いてはおけないか。

…私的な理由で文書課に頼むことは職務規定違反だけど。ていうか、職務中に出て行ったけど。それも職務規定違反だけど」


助けなければ、と息巻いて出て行ったが、具体的にどうするつもりなんだろうか。

まさか、いきなりここに連れてきたりしないよな?



勤務中に消えた隊長の代わりに、あれやこれや忙しくする俺。

隊長が恋を実らせることができるのなら少しくらいしわ寄せが来てもいい。

広い心でもって業務をこなし、なんとか目処が付いたのでそろそろ帰ろうかと思った頃はすっかり夜中。

そんな時間に、隊長は帰ってきた。


その姿を見て、俺は言葉を失った。


「………お、おい」


そう言うのが精いっぱい。

酒の臭いをプンプンさせていたのだ。

助けることに成功し、運命の君と美酒を味わっていたのか。

それとも、助けることに失敗してヤケ酒飲んでたのか。

あるいは。


隊長を注視していると、膝から力が抜けたように椅子に腰かけた。


「あの子に泣かれた…」


「泣かれた?」


隊長の表情から察するに、悪い意味で泣かれたようだ。失敗したどころではない、という雰囲気。


「あの子は捨て子だった」


「捨て子?そんな個人的なことを教えてくれたのか?」


その質問に、隊長は答えなかった。

まさか、私的な理由で市民にカードを使ったんじゃ…。それは重大な職務規定違反なんだが…。


俺の胡乱な視線を全く気にする様子もなく、隊長は語り続ける。


「もっといい暮らしをさせてあげると言っても、ダメだった。男の過去について知らなさそうだったから警告したが…」


「…うん」


「あの子は男に抱き着いて、私を親の仇のように睨んで泣いたんだ」


隊長は頭を抱えたまま、置物になってしまった。

俺が簡単に『奪え』なんて言った結果、この惨状が生み出されたのか?


「俺のアドバイスにも問題があったな。お前ほどの男が誘いをかけて、靡かない人間がいるとは思わなかったんだ。

作戦を変えよう。奪うのは、ゆっくりだ」


隊長は生気のない目で俺を眺めた。


「ゆっくり…?」


「そうだ。まずは、謝るんだ。運命の君にも、男にも。

ほら、これはあくまで『疑い』だろ?それに、事件にはならずにカタは付いてる。

不本意でも、男にも謝るんだ」


隊長の目は、まだ死んでいる。

何とかしないと…。


「で、それでだ。

そのあと、ゆっくり信頼関係を築くんだ。そうすりゃ、運命の君もお前の良さに気付くって…きっと」


俺がすべて言い終ると、隊長は俺から視線を外した。

そして、机に両肘をついて神に祈るようなポーズで再び置物になってしまった。

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