第22話 

※第三者視点

※時間少し戻ります



騎士団第一隊の詰所、その中で最も恐ろしいと言われている場所。

そこは、隊長の執務室だ。正しくは、隊長と、副隊長である俺の執務室だが。


ある朝のこと。


俺が書類を持って執務室へ向かうと、隊長はすでに席についていた。

寝ている…のではなく、瞑想しているようだった。


そっと机に書類を置き、俺は俺で副隊長として目を通さなければならない書類を束ねて自分の席に着いた。


すると。


「はあ…」


珍しいこともある。隊長が溜め息を吐いた。

子供の頃からの付き合いだが、溜め息を吐くというのは珍しい。いつも冷静でいつも自信に溢れる隊長が…。


「隊長、溜め息なんかついてどうしたんですか?」


体の具合でも悪いのか、それとも上から難しい案件を振られたのか。隊長を補佐する立場としては、質問しないではいられない。


ゆっくりと目を開けた隊長。

その口から放たれた言葉は。


「昨日…。運命の相手に会った」


俺は自分の耳を疑った。

隊長が、真顔で、何か言った。何だって?


「…う、運命ですか?」


俺が恐る恐る聞き返すと、隊長は真剣な表情で頷いた。


「そう。運命の相手だ。昨日、屋敷の前で会った」


「そう…よかったね。おめでとう」


勤務中は上司と部下なので敬語を使うようにしているが、突拍子もない話なので素で相槌打ってしまった。

が、俺の言葉遣いを咎めるでもなく、溜め息を吐き続ける隊長。

運命の相手には奥手なのだろうか。

整ってはいるが、冷たいとも受け取られることもあるその顔で、今まで数えきれないほどの浮名を流してきたというのに。



隊長が運命の君と会ったという日から幾ばくか経った頃。


他の隊から数件の苦情が来た。なぜ俺に言う。本人に直接言えばいいのに。

少し腹を立てながら、執務室に入る。


「隊長、最近俺らの隊とは関係ない地区をウロウロ…じゃなくて、見回りに行ってるって聞きましたが」


俺の質問に、隊長は目を伏せた。俺から見ても色気があった。


「…ちょっと、な」


「そんな気だるげに言われてもダメです。

他の隊から苦情が来てるんです。…苦情だけじゃなくて、探りも。隊長が何か秘密裏に任務を受けてるんじゃないかって」


俺は真面目に訴えたのに、隊長はフッと馬鹿にするように笑った。


「そんなんじゃない」


隊長が変な行動をしている。心当たりはひとつ。


「運命の君に関係のあることですか?」


どストレートにぶつけると、隊長は鷹揚に頷いた。


「そうだ。あの子は、あの辺りで働いているんだ。偶然会えるかもしれない」


「…なんだそりゃ」


屋敷の前で出会って、あの辺りで働いている。

何者だろうかと思ったが、それよりも他の隊に何とかうまい言い訳をしなければなるまい。

隊長が恋をした結果、街をうろついてる…なんて言えやしない。


…恋?


隊長、いや、俺が知ってるリシュには、今まで何人も恋人がいた。

しかし、リシュが恋をしたことがあっただろうか。俺の知ってる限りでは…ないかも。



で、更に数日後のこと。

俺は夜勤なので執務室で業務を続けていたが、業務を終え机を片づけ終えた隊長は立ち上がってなぜか騎士団のコートを羽織った。


その行動を目で追っていると、隊長はさも当然であるかのように言った。


「夜警に行ってくる」


「いやいや。行かなくていいです。隊長、今日はもう帰る時間でしょう?」


「夜警に行ってくる」


多分また、運命の君との偶然の出会いに賭けているんだろうな。何してんだ、ウチの隊長は。


まあ、恋が実るといいなとは思う。

問題は、家柄の格差だろうか。

隊長がウロウロしてる地区というのは、富める者が住む場所ではない。運命の君とやらは、おそらく普通の家の人だろう。


そんなこんな思ったり仕事したりしてたら、思ったより早く隊長が帰ってきた。

何やら落ち込んでいる様子だった。


「運命の君に会えなかったんですか?」


隊長はコートを着たまま深く椅子に腰かけ、沈痛な表情を浮かべた。


「会えた。しかし…。あの子は、貧しい暮らしをしているようだった。

粗末なアパートで、男と暮らしているそうだ」


おっ。ウロウロした甲斐があって、会えたんだ。

でも、とんとん拍子には進まないのか。


「男がいるのか…。でも、隊長なら奪えるでしょう?」


隊長もそのつもりだろうと思って話を振る。

しかし。


「…奪う?」


隊長の反応は意外なものだった。その発想は無かったと言わんばかりの反応。

恋をすると、人は思考能力が低下するのか。

ならば、子供の頃からの友人として、俺がアドバイスをしてやらねば。


「え?まさか、指を咥えて見てるんですか?

大貴族の家に生まれ、幹部養成学校を首席で卒業し、若くして第一隊の隊長になり、泣かせた女は数知れずのリシュともあろうものが」


俺の励ましに、隊長は目を光らせた。

俺のよく知ってる、『自分にできないことは無い』と思ってる目だ。


「…なるほど。私はあの子を幸せにできる能力と環境と力があるんだった」


「ガンバレガンバレ。運命の君に本気なんだったら、関係のある女は全部手を切っておけよ」


「分かっている」


運命の君と一緒に暮らしているという男には悪いが。

隊長と結ばれたほうが、運命の君もいい生活ができることは間違いない。

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