第20話

ぶえぶえ泣いて、おっちゃんの首にしがみつく。

おっちゃんは俺を抱っこしたまま、椅子に座った。お姫様膝抱っこ状態。


「そんなに泣いたら、目が腫れて元に戻らなくなるぞ」


「でも…だってえ…ううううううえええええ」


おっちゃんの肩のあたりにグリグリと顔をこすりつける。ハナミズついたらゴメン、おっちゃん。

けど、俺のハナミズを気にすることなく、おっちゃんは俺をゆらゆらしてくれた。


「坊主は、おっちゃんと一緒でいいのか?」


おっちゃんの一言で、俺はもっと悲しくなった。


「ひどいよおお。なんでそんなこと言うの」


おっちゃんを離すまいと、しがみつく手に力をこめる。

すると、おっちゃんは俺を抱っこしてる手で、優しくポンポンした。


「…あの騎士が言ってたことな。おっちゃんも、昔、騎士だったんだ」


おっちゃんの昔の話。おっちゃんは昔からおっちゃんじゃないよね。

昔のおっちゃんはどんな男の人だったんだろう。

泣き止もうと、深呼吸。まだヒックヒックは残ってるけど、目をパチパチさせておっちゃんの目をまっすぐ見た。


「騎士の仕事はいろいろあるんだ。もう何十年も他国との戦いはないけど…。

毎日の訓練、郊外に出る魔物の討伐、街の見回り、それと番所勤務」


初めて知った、意外な事実。


「番所の兄ちゃんも騎士なの?」


てっきり、番所の兄ちゃんは警察の人だと思っていた。この世界は、騎士団が警察の役割もしてるのかな。


「そうだ。番所勤務は…まあ何というか、一般の騎士なら誰もが通る道だな」


へええ、と、関係ないとこで感心してると、おっちゃんが俺をまたポンポンした。


「騎士の仕事は、それだけじゃない。要人の警護なんかも含まれる」


「偉い人を守るの?」


「ああ。一日で終わるときもあれば、何か月もかかるときもある。

…おっちゃんはある時、貴族の奥方を警護する任務に就いたんだ」


おっちゃんの声が低くなった。

きっと今から、おっちゃんの過去の、大事な部分を話してくれるんだろう。


「うん…」


「あれは…警護が始まって一ヶ月くらい経った頃かな。

その奥方に、おっちゃんは『好きだ』って言われたんだ」


ビックリ。と、同時に変な気持ち。

おっちゃんの色恋の話は、変な気持ちになる。

けど、そんなこと思ってる場合じゃなかった。おっちゃんの話は、そんなんじゃなかった。


「もちろん、キッチリ断った。たとえ未婚の娘さんだとしても、警護の対象と恋愛関係になるのはご法度だ」


おっちゃんの真剣な顔。そして、悲しそうな顔。

俺もなんだか悲しくなってきた。さっきの悲しいのとは、また別の悲しさ。


「けどな、奥方はプライドが高くて…。まさか、おっちゃんみたいな男に断られるとは思わなかったんだろうな。

旦那に言いつけたそうなんだ。『私はあの警護の騎士にイヤらしい目で見られた』って感じでな」


多分、そんな言葉じゃ済まなかったんだろう。俺が子供だから、おっちゃんは言葉を選んでるだけだ。


「旦那がそれで怒り狂ってな。上級貴族だったから、おっちゃんは騎士団にいられなくなった」


「おっちゃんは何にも悪くないのに、辞めなきゃいけなかったの?」


「そうだな。おっちゃんはただの、庶民出身の騎士だったから。上級貴族にはどう抗っても敵わなかった」


おっちゃんは俺をよしよしと、慈しむような手つきで撫でた。


「それまで何人か恋人はいたけど、仕事を優先してたから『付き合ってられない!』っていつも最後にはフラれてた。だから、いい年になっても誰とも結婚することもなかった。

それでもよかった。騎士の仕事はやりがいがあったからな」


やりがいのある仕事を奪われたおっちゃん。

潔白なのに、悪者にされたおっちゃん。

俺は今のおっちゃんをぎゅっと抱きしめることしかできない。


「騎士団にいられなくなって田舎に帰ろうかとも思ったけど、おっちゃんのことを信じてくれた上官がいたんだ。その上官のおかげで養成所の教官の仕事に就くことができた。やっぱり、騎士に関わっていたかったんだ」


おっちゃんは俺を見て、少し笑った。寂しげな笑みだった。


「自分はもう騎士には戻れないけど、騎士になる若者を育てるのもいいもんだって、今の仕事も気に入ってる。

…だけど、何て言うかな。自分は何のために生きてるんだろうって、ふと思うこともあった」


おっちゃんはそんな気持ちを抱えていたのか。

俺といるときも、そんな寂しいこと思ってるのかな?そうだったら、俺はまた泣きそうになる。


「…今も思うことがある?」


泣かないように目に力を入れておっちゃんに聞いた。

すると、おっちゃんは俺の眉間を指でさすった。


「いや。坊主が現れてからは、そんな気持ちはすっかり忘れてたよ」


俺はもう半泣きである。おっちゃんの指が俺の眉間をさするからだ。きっと。


「俺、おっちゃんとずっと一緒にいるよ」


うぐぐと涙を堪えて、おっちゃんに気持ちを伝えた。

おっちゃんは俺の頬をフニフニして、そんで微笑んだ。


「ずっとじゃなくてもいい。坊主が大人になって誰かと結婚するまでは、おっちゃんと一緒にいてくれるか?」


おっちゃんからのお願い。ある意味で、お断りである。


「結婚なんかしない…。おっちゃんとずっと一緒にいる…」


俺は真面目に言ったのに、おっちゃんは一瞬目を丸くして、そして豪快に笑った。


「そんなこと言っててもな、いつか結婚するもんだ」


「しないってば!」


俺はおっちゃんの膝の上でプンプン怒った。

けど、もう、泣きそうにはならなかった。

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