第19話

そんなこんな感じで数日過ごすうちに、俺の風邪はすっかり良くなった。


今日は冬だけどポカポカして暖かい。おっちゃんも休みの日で、今日はチャンス。

アパートの外に椅子持ってきて、新聞紙の真ん中に穴を開けたポンチョのようなのを被った。そう、髪を切ってもらうのだ。


「本当に切っていいんだな?本当に切るぞ?本当だぞ?」


おっちゃんは何回も念を押した。けど、俺の答えは決まってて変わらない。


「やっちゃって!やっちゃって!」


おっちゃんのハサミが、ちょびっとずつ俺の髪を切っていく。チョキチョキ。

目に髪が入らないように俺は目を閉じる。時々おっちゃんの「やばい…」という声が聞こえて、ちょっとだけ笑っちゃった。

いつも頼りになるおっちゃんだけど、今日は少し頼りない。それが少し楽しい。


しばらくして、おっちゃんが俺の髪をふぁさふぁさした。


「…できたぞ」


ウキウキして新聞紙を脱いで、髪を触ってみた。短い。

おっちゃんに小さい鏡を渡してもらった。おおう…これはなかなか。

耳が丸出しで、前髪がちょぼちょぼ。横はザクザク。そんな感じ。


「おっちゃん、ありがとう」


「…すまんな。髪が伸びたら、今度は床屋に連れてってやる」


「ううん。またおっちゃんに切ってもらう。そのうち上達するかもね、おっちゃん」


おっちゃんはフッと笑って、髪を払うようにまた頭をふぁさふぁさ。

そんなことしてもらってたら、俺のお腹がグーって鳴った。


「そろそろ昼だな。ちょっと買い物行ってくるか。坊主は家の中で待ってろ」


おっちゃんは俺の背中を押したけど、俺はぐぐぐと抵抗した。


「暖かいから、外で待ってる。日向ぼっこしてる」


俺の抵抗に、おっちゃんは俺の背中を押す手を止めた。代わりに、頭をわしわしした。


「具合が悪くなったら、すぐに家の中に入るんだぞ」


「はーい」


おっちゃんが買い物に行くのを見送って、俺は玄関の前に腰掛けた。

目を閉じて太陽の光をさんさんと浴びる。あ、そうだ。俺、ルエンくんと文通するんだった。

いつから文通が始まるんだろう。便箋買わなきゃ。

俺の字、変じゃないかな。おっちゃんに字の練習を見てもらってるけど、おっちゃんは「上手」としか言わないし。本当に上手かなあ。


そのへんの棒切れ拾って、地面に字を書いてみた。うーん。分かんない。

字を書くのは止めて、今度は絵を描いてみた。犬と猫を描いた。なんだこれ、モンスターか。

絵を見ながら自分でツッコミ入れたその時、地面に影ができた。

誰?と思って顔を上げると、そこにいたのは。


「やあ」


「隊長さん!」


親切な白いコートの隊長さんだ。今日も見回りかな。お昼も夜も見回りしてるのかな。騎士団って大変だんあ。そんなこと思って隊長さんをまじまじ見てると、隊長さんは怪訝な表情。なんだろ。


「その髪は?」


「さっき、おっちゃんに切ってもらったんです」


切ってもらったことが嬉しかったので、俺はニコニコ。だけど、隊長さんの表情は変わらなかった。


「…おっちゃん、君の保護者か。手を出して」


手を出すというのは…。もう知ってる。カードで調べるんだな。別に困ることもないので、素直に手を出す。

隊長さんが出したカードは、黒だった。

番所の兄ちゃんが透明なカード。局長さんが薄いピンクのカード。

いろんな色があるんだなあ、他に何色があるんだろ。自分の手にかざされたカードを見てそんなこと思ってたら、俺の情報を読み取った隊長さんが呟いた。


「捨て子…?」


ハッ。その言葉を聞いて、俺は思わず顔を上げた。そんなことまで分かるんだ。


「何してる!?」


おっちゃんの大きい声が聞こえた。

いけないことしてるって感じて、慌てて手を引いた。隊長さんは、こっちに駆けてくるおっちゃんを冷たい目で見てた。

なんだろう、怖いな。

俺の傍に来たおっちゃんは庇うように俺を抱き寄せて、隊長さんに向き直った。


「理由もなく、そのカードを使うのは職務違反では?」


「理由ならある。その子は以前、夜にひとりで出歩いていた。

捨て子の保護者になるのは結構だが、その責任が全うできていないのでは?」


おっちゃんに庇われてたけど、俺はずいっと前に出た。俺のせいなのに、おっちゃんが悪く言われるのはイヤだった。


「隊長さん、それは俺が悪かったんです。おっちゃんは何も悪くないです」


そう言ったのに隊長さんは俺の言い訳を聞かないで、俺を上から下までじろっと見た。


「それに…。子供らしくない服や、みっともない髪型もどうかと。子供の面倒を見るのに向いているとは思えない」


おっちゃんが買ってくれた服も、切ってくれた髪も。なんで隊長さんはそんなこと言うの?


「住まいも、子供と住むには適当だと思えない。

もっといい家に連れて行ってあげよう。ここはあまりいい場所ではない」


隊長さんが差し出した手を、俺は悲しい気持ちで見た。


確かにここはボロアパートだけど、俺もそう思ったけど。ここはすごくいい家だ。

おっちゃんと俺の家だ。


「おっちゃんに失礼なこと、言わないで」


おっちゃんにギュッとしがみついて、泣きそうになったけど声を振り絞った。

だけど隊長さんは、俺を哀れだって目で見るだけ。


「…君は、その男がどんな人か知ってる?」


隊長さんの問いかけに、おっちゃんは体を強張らせた。

どうしたの?って思ったけど、おっちゃんがどんな人か、俺はよく知ってる。


「知ってる!おっちゃんは優しい人だよ!」


こんなに大きい声は出したことないってくらいの大きい声で隊長さんに怒鳴った。

そんな俺とは対照的に、隊長さんは静かで冷たい声のまま。


「この前、君を送ったあと…。この家に住む人物を、少し調べさせてもらった。面識はないが…。以前は騎士団に所属していたそうだな。

だが3年前、あることで醜聞が立って騎士団にいられなくなった、と」


おっちゃんの過去。それを急に、しかも悪意を持って教えられた。

胸の中がオカシクなった。


「そんなこと関係ないだろ!帰って!帰ってよ!」


涙声で叫んで、おっちゃんに縋り付いた。

我慢しようと思ったけど、えぐえぐびーびー泣いてしまった。


「帰ってくれ。出るとこ出ても、コッチに困ることはない」


おっちゃんは俺を抱き上げて、家に入った。おっちゃんの肩に顔をうずめて、俺はうえうえ泣いた。

おっちゃんが隊長さんに失礼で酷いこと言われて、すごくすごく悲しかった。

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