第18話

お医者さんが用意してくれたパズルは意外と難しかった。なんだこのやろ。どこに嵌るんだ、おのれ。

途中でパズルを投げ出して、今度は積み木で遊んだ。どれだけ高く積み上げられるか挑戦した。

と、そんな感じで、俺がそろそろと慎重に積み木タワーを作ってたら、お医者さんがカーテンから顔を覗かせた。


「ちょっと出てくるけど、すぐに戻るから」


シーンとした医務室にひとり。

ちょっとだけ寂しい。だけど俺には積み木がある。…いやいや、積み木って。俺はどこの子どもだ。虚しくなったので、積み木タワーはゆっくり解体した。


もうそろそろお昼だよなあ。早くおっちゃん来ないかな。


ぼけーっと天井を見てると、静かに医務室のドアが開く音が聞こえた。

お医者さんが帰ってきたのかな。


足音はまっすぐこちらに向かっていた。そして、ゆっくりとカーテンが開けられると…。


「こ、こんにちは」


そう言ったのは、昨日の学生さんだった。おっちゃんを『鬼教官』って言ったイケメンの学生さん。


学生さんは周囲を警戒するように見回し、ベッドの傍の椅子に座ってカーテンを閉めた。


「これ、よかったら」


学生さんが俺に手渡したのは、お花。なんというか、素朴な花。さっき建物に入る前に、その辺に生えてるのを見た。あと、お花を束ねてるのはリボンじゃなくて、靴紐だった。


「あの…。ありがとう」


お見舞いに来てくれたのかな。じいっと学生さんを見ると、学生さんは顔を赤くして聞いた。


「オレはルエン。ここの5年」


5年?それはきっと上級生だな。何歳ぐらいだろ。俺の本当の年齢と同じくらいかな。全然俺と体格が違う…。


「俺はイズル。14歳。いつもは郵便局で働いてるけど、風邪引いたからここに連れてきてもらったんだ」


簡単に自己紹介してみた。今の俺の情報ってこれくらいだな。


「イズルくん…。いい名前だね。

あの、よかったら、今度オレとデートしない?」


ルエンくんの申し出に、ビックリ。

幼く見られるのはもう慣れたけど、女の子だと思われるのは初めてだ。


「俺、男なんだけど…?」


そう答えると、ルエンくんは「分かってるよ」と真っ赤な顔で微笑んだ。


と、その時だった。

カーテンがシャッと勢いよく開いた。そこにいたのは、鬼の形相のおっちゃん。


「ぎゃっ!鬼教官!」


ルエンくんの叫びが医務室に響く。ドアが開く音に気付いてなかったから、俺もおっちゃんの登場に驚いた。


「誰に!何を!言ってるのか!分かってんのか!お前は!」


おっちゃんはルエンくんの頭を片手で掴んだ。そのまま握りつぶす勢い。めりめりめりって音が聞こえた…気がする。


「痛い痛い痛い!教官、痛いです!」


「痛くしてるんだ!」


ルエンくんを助けなきゃいけない…かな。お花もらったし。

俺はおずおずとおっちゃんに声をかけることにした。


「おっちゃん、あんまり乱暴しないであげて。お見舞いに来てくれたんだ」


おっちゃんは俺を心配そうに見て、溜め息吐いて、それから3秒はめりめりさせて、渋々手を離した。

おっちゃんから解放されたルエンくんは、今度はおっちゃんに頭を下げた。


「教官、オレは本気でイズルくんに一目惚れしたんです!どうか、イズルくんとデートさせてください!」


「だめだ」


おっちゃんは即答した。しかし、ルエンくんは引き下がらない。


「せ、せめて文通させてください…!」


おっちゃんは深く溜め息を吐いて、俺を見た。俺が決めていいのかな?うーん。


「デートはできないけど、文通くらいなら…」


俺の出した答えに、ルエンくんの表情がパアッと輝いた。


「やった!ありがとう!」


ルエンくんは俺の手を取ってお礼を言った。だけど次の瞬間におっちゃんに思いっきり頭を叩かれてた。


「坊主に触るな!」


おっちゃんはルエンくんの首根っこ掴んで、そのまま引きずって医務室から放り出した。

ルエンくんがいなくなって、静かになった医務室。戻ってきたおっちゃんは椅子に座って、またまた溜め息吐いた。


「ねえ、おっちゃん。…男同士で、デートだって…」


コッソリと小さい声で言ってみると、おっちゃんは少し困った顔してた。


「同性同士で付き合ったり結婚する人もいるからな」


そうだったのか。知らなかった…。


「ルエンは変はことはしないと思うが…変なことされたら絶対に言うんだぞ」


変なこと…。想像してみようかと思ったけど、何にも出てこなかった。

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