第16話

おっちゃんが戻ってくるまで、お医者さんと少しお話した。といっても、喉が痛くて俺は自己紹介したくらい。

お医者さんは俺が風邪引いたって教えてくれた。安静にしていれば数日で良くなるだろうって。よかった。


そんなこんなしてたら、おっちゃんが戻ってきた。


「坊主、お粥は食えるか?」


俺はコクリと頷いて、ゆっくり体を起こした。トレイはどこに置くのかなって思ったが。

おっちゃんはベッドの傍の椅子に座り、器用に膝にトレイを載せた。

で、お粥をスプーンですくって俺の口までもってきた。

これは、あーんをするんだな。

口をぱかっと開けると、おっちゃんはゆっくりスプーンを口に入れてくれた。

お粥をもにゅもにゅ咀嚼してると、おっちゃんは「ほら。もっと食え」って次の一口をスタンバイ。

それを何回も繰り返して、ごちそうさました。おいしかった。でもこれって、食堂の通常メニューじゃなさそう。


「作ってもらったの?」


そう尋ねると、おっちゃんは何でもないように言った。


「ああ、特別に作ってもらった」


俺が風邪引いたことで、たくさんの人に迷惑かけてる。おっちゃんにも、見ず知らずの食堂の人にも。

そう考えると少しだけシュンとなってしまった。そんで、それをおっちゃんに気付かれてしまった。


「気にするな。まあ…食堂のヤツには貸しがあったから。ちょっと融通が利くんだ」


あんまり迷惑かけたわけじゃなさそう?うーん…。じゃあ気にしないでいいのかな。


けど、おっちゃんってスゴイ人だな。

局長さんの命の恩人で、食堂の人に貸しがあって。俺のことも助けてくれた。

おっちゃんって面倒見がいいんだなあ。


おっちゃんにゴシゴシと口の端を拭かれつつ、俺はおっちゃんを改めて尊敬。その時、お医者さんがゴホンと咳払いしてベッドの俺を覗き込んだ。


「ちょっといいですか?食事が終わったら薬を飲んでもらいたいんですが」


お医者さんが渡してくれたのは粉薬だった。サラサラと喉に流し込むと…。

苦い。

思わずしかめっ面になってしまい、すぐに水をぐいーっと飲んだ。


「苦かったか?元気になったら何でも好きな物を食わせてやるから、今は我慢するんだ」


おっちゃんがいつもより丁寧な手つきで俺の頭を撫でた。おっちゃん、俺に甘いなあ。ホカホカした気持ちになる。


「よし。じゃあ寝ろ。帰りにまた迎えに来るからな」


ベッドに横になると、鼻が隠れるくらいまで布団をかぶせてくれた。

夜寝るときみたいに、おっちゃんは俺のおでこに手を当てて、さすりさすり。

熱があってしんどいけど、こうされると不思議。痛いのも苦しいのもなくなる。薬飲んだからじゃない…と思う。多分ね。


おっちゃんが医務室を出るまで、カーテンの向こうでお医者さんと話をしてるのが聞こえた。


「教官、お子さんには優しいですね」


「うるさい」


照れてるようなおっちゃんの声が聞こえて、俺は布団の中でニマニマして、そんで寝ちゃった。



「坊主、帰るぞ」


はっ…。もう夕方なのか。いや、外はもうすっかり暗い。


「よく寝てたようだな」


おっちゃんはそう言いながら、俺を起き上がらせた。

そんで、上着を着せてマフラーも巻いてくれた。モコモコな俺が完成。


「おぶされ」


おっちゃんの背中に体を預けると、ものすごい安心感があった。朝は朦朧としててあんまり分からなかったけど…。


「おっちゃん、ありがとう」


「気にするな」


よいしょと俺を背負いなおしたとこで、お医者さんが紙袋を差し出した。


「教官、これ、ご飯のあとに飲ませてあげてください。今晩と明日の朝の分。

それと、明日も連れてきてくださいね」


「ああ、そうする」


おっちゃんは俺を片手で支えながら、紙袋を受け取った。またあの苦い薬かあ…。

じゃなくて、そうじゃなくて。


「俺、仕事…」


明日は仕事の日だった。休むんならそう言いに行かないといけない。

明日の朝でもいいかな?それとも帰るときに言いに行ったほうがいいのかな。

でもおんぶされた状態で行ったら心配かけそう。

頭の中でどうすれば一番いいか考えたけど、おっちゃんは俺の一歩先に行ってた。


「うん?大丈夫だ。昼に時間があったから郵便局に行って、局長に話をしてきた。

一週間は休んでいいって言ってたぞ」


おっちゃん、仕事が早い。もうとっくに言いに行ってくれてたんだ。

でも、一週間は休みすぎだと思う…。


「じゃ、先生、助かった。ありがとう。また明日もよろしく」


おっちゃんが挨拶すると、お医者さんは手を振ってくれた。だから俺も小さく手を振り返した。

明日、喉がもっとよくなったら、お医者さんともいろいろ話してみたいな。



外は寒かった。服はモコモコだけど顔が冷たい。

だから、おっちゃんの肩に顔をぺちゃってくっつけた。あったかかった。

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