第12話

お弁当屋の旦那さんと奥さんは、どんどんお弁当を作ってどんどんお客さんをさばいていく。

調理に集中しているかと思いきや。ドアの音にも敏感だ。


「いらっしゃ…」


店のドアが開く音に、旦那さんは反射的に言いかけた。が。


「客ではない。見回りだ」


入ってきた人は、パッとみて分かるほどの上等なコートを着ていた。真っ白で、胸のところに竜の紋章が入ってた。かっこい。かっこいい。


お客さんたちは一瞬ザワッとなって、そしてヒソヒソ。「騎士団?」「わざわざ見回り?」「何か事件でもあったのか?」などなど。

俺はというと、かっこいいが通り過ぎて今度はビックリ。

その人が、この前の手紙の配達の時に失礼な態度を取ってしまった人だったから。お金持ちで騎士団の人だったんだ。


「おや、君は…」


向こうもバッチリ俺を覚えていて、俺に歩み寄ってきた。ひええ。


「すみませんでした。この前は、知らなかったとはいえ失礼なことをしました」


できるだけ丁寧に謝って頭を下げると、優しい言葉が降ってきた。ただし、声色は冷たい。


「構わない。君は君の仕事をしただけだ。それより…子供がこんな時間に何を?」


悪いことしてないけど悪いことしてるって責められてるみたいで、ビクビクしてしまった。

そしたら、奥さんが助け船出してくれた。


「近くの子なんですが、ひとりで買いに来ちゃったんです」


奥さんの言葉に、騎士団の美形さんはさらに冷たい声。


「親は何をしているんだ?」


おっちゃんが騎士団の人に怒られたらどうしよう。俺のせいなのに。


「あの…。俺が言いつけ守らなくて」


美形さんを見上げて言い訳をし始めたとき、厨房から旦那さんが出てきた。


「イズルくん、お弁当できたから送っていくね」


まだ店の中ではお弁当待ってる人がいるのに、旦那さんが俺を送ってくれるという。

申し訳ないので「ひとりで帰れます」って言おうと思った。が。


「店主、私がこの子を送っていこう」


美形さんの申し出に、旦那さんはものすごく恐縮してた。


「ええ?そんな、騎士様が…」


奥さんも、お客さんたちも、落ち着かない様子。

しかし美形さんは一向に介さず、さらりと言った。


「市民の安全を守るのが、私たちの務めだ」


一市民である俺は、とっても感動した。


「ありがとう…騎士様」


旦那さんと同じように『騎士様』と呼んでみた。すると、美形さんはフッとニヒルな笑みを浮かべた。


「私の名は、リシュだ。騎士団の第一隊隊長だ」


隊長だって。良く分からんが、きっとスゴイ。


来るときは少し怖かった夜道だけど、隊長さんが親切で助かった。

隊長さんと一緒だったら危ないこともないので、走らないでもいい。


「いつもひとりでお弁当買いに?」


「ううん。ひとりで来たのは、今日が初めてです。いつもは、おっちゃんと買いに来ます。

おっちゃん、今日は帰りが遅くなるから、日が暮れる前にお弁当買いに行きなさいって言ってたけど…俺、寝てしまってたんです」


できるだけ丁寧に話さなければと気負いつつ経緯を話してると、途中で遮られた。


「おっちゃん?」


お父さんでもなくお母さんでもない、おっちゃんとは何者だ?

そんな問いだったので、俺は短く答えた。


「おっちゃんは俺の保護者です」


なんで親がいないんだとか深く聞かれるかなと思ったけど、隊長さんは「そうか」と呟いただけで深入りしてこなかった。

よかった。あんまり聞かれると、答えに困るから。


そんなこんなで歩いてたら、夜でも分かるボロアパートに辿り着いた。


「ここが家です。隊長さん、送ってくれてありがとうございました」


「いや、大したことじゃない。仕事のひとつだ」


隊長さんはクールにそう言って、ロングコートを翻して去って行った。

俺もいつかあれくらいカッコよくなれるだろうか…なれないかな。



それはともかく。

ふう…。大冒険だった。

子供が夜に出掛けるのは、かなり良くないことなんだな。気を付けよう。本当はもうすぐ17だけど、自称14歳だし。しかも、年より幼いと思われまくっているし。


家に入って椅子に座って、ようやく一安心。


ひとりでお弁当食べて、シャワーを浴びて、ベッドに転がった。

顔が半分隠れるくらいに布団をかぶったけど、目はパッチリ。お昼寝のし過ぎってのもあるけど、おっちゃんのことが心配だった。それと、寂しかった。


外から聞こえる音に耳を澄ませる。

犬の鳴き声とか、歩いてる人が何か話してる声とか。ボロなので結構聞こえる。

まだかな…と何度目か思ったとき。

ドアが静かに音を立てた。俺はその瞬間にベッドから降りて、寝室から飛び出た。


「おっちゃん、おかえり」


ててててっと駆け寄ると、おっちゃんは俺を軽々と抱き上げた。


「ただいま。悪い子だな、坊主は。まだ起きてたのか」


抱き上げられたまま寝室に運ばれ、飛び出したばかりのベッドにコロコロ転がされた。

おっちゃんは俺に布団をかぶせて、胸のあたりをポンポンとリズミカルに叩いた。


「ちゃんと晩飯食ったか?」


都合の悪いことは黙っとこうかなって一瞬考えたけど…。

お弁当屋の旦那さん奥さんに心配かけちゃったし、言いつけ守らなかったことは言わなきゃいけない。


「おっちゃん、ごめんなさい。夜に買いに行っちゃった」


おっちゃんはポンポンの手を止めてしまった。


「なんだって?大丈夫だったか?怖い目に遭わなかったか?」


「うん…。行くときは走って行った。帰りは、見回りに来てた騎士の人に送ってもらったんだ。白いコート着てた」


「白いコートの騎士…?

………そうか、まあ、親切な人がいてよかった。だけどな」


おっちゃんは布団に手を突っ込み、俺の脇腹をコチョコチョ。俺をくすぐりの刑に処した。

うひゃひゃって体を丸めた。くすぐったいけど、楽しかった。


くすぐりの刑を続けてくれてもよかったけど、おっちゃんは気が済んだのか布団から手を抜いた。そんでその手で、俺の頭を優しく撫でた。


「日が暮れる前にって、あんなに言っただろう?何かあったらどうするんだ」


おっちゃんは俺のことすごい心配してくれてたんだって、今になってようやく理解。


「ごめんなさい。もうしない」


しょぼっとなって謝ると、おっちゃんは大きい手で俺の頭を豪快にわしわしした。


「よし。じゃあもう寝るんだ。明日は仕事の日だろう?寝不足で仕事すると、ロクなことにならないぞ」


「うん。おやすみ」


おっちゃんは俺のおでこに手を置いて、俺を寝かせる魔法をかけた。だから俺はすぐ寝ちゃった。

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