第10話

平和な毎日を送っていたある日。いつもと違うことが起きた。


「イズルくん、ちょっといい?」


手紙の仕分けをしている俺を呼んだのは、局長さん。

なにかな。何か失敗してしまっただろうかとソワソワしたけど、そうじゃなかった。

局長さんは拝むように手を合わせた。


「お願いがあるんだ。手紙の配達、できるかな?」


「配達?」


「うん。いつもの配達員が途中で具合悪くなったから帰らせたんだ。でも、僕も本部に出向く用事があって…。他に人がいなくてさ」


俺は頼られている。ここはいっちょ、やらねば。


「…はい!頑張ります!」


けど、本当は心配だ。ひとりで街を歩くんでしょ…できるかな。途中で迷子になったらどうしよう。


「ありがとう、イズルくん。早速だけど、地図はこれね。この地区をお願いしたいんだ。

ここはお金持ちの家ばっかりだから、ドアをノックしたら必ず使用人さんが出てくる。その人に渡せばいいから」


局長さんに渡された地図は、俺の持ってるやつとは違った。もっと詳しく細かく、住んでる人の名前まで書いてあった。これなら俺でも大丈夫そうだ。行ける…!


配達員は制服を着ることになっている。

郵便局に置いてある予備の制服に俺は腕を通した。ブカブカだけど、袖や裾を折ってナントカ見える格好に。それと、配達員の証拠の腕章も装着した。

これで俺も配達員だ。誇らしい気持ち。


「頑張ってね!」


皆のエールを背に、俺は郵便局を出た。

手紙の入った斜め掛けの鞄をしっかり肩にかけて、鞄のベルトをしっかり握る。

失敗は許されない。手紙を書いた人の気持ちがみっちり詰まってる鞄を重く感じた。


俺が配達を頼まれた地区。ここには初めて来た。そして、ここは俺の知ってる街の風景とは何もかも違った。

局長さんは『お金持ちの家ばっかり』って言ってたけど、まさにその通り。全力でお金持ちの地区。


道幅が広かった。石が敷き詰められた道で、その石も真っ白だった。

一軒一軒がお屋敷だった。庭が広かった。


なんだここ…すごい。おっちゃんと住んでるボロアパートとの格差にどぎまぎしながらも、俺は手紙を届けるという任務を思い出した。


手紙の宛名と地図とにらめっこしながら、一軒一軒お屋敷を回る。

子供が配達してるから不審がられるかな、と、少し心配だったけど、どのお屋敷でも「おや、小さな配達員さんだね」と好意的な目で見られた。よかった。


そして、あるお屋敷の前。ここで配達は終わりなのだが。


「ここは手紙いっぱいだ…」


他のお屋敷は一通か二通だったのに、最後のお屋敷だけ十通以上あった。手紙の束と屋敷を交互に見る。

今までのどのお屋敷よりも立派で、お庭も公園みたいだ。ここはきっと、お金持ちの中のお金持ちだ。キングオブお金持ち。


すごいなあ。どんな人が住んでるんだろ。

ぼけーっと門扉から庭を眺めてると、突然背後から声をかけられた。


「家に何か?」


ひえっと思って振り返ると、そこにいたのは…。

すごい美形の兄ちゃんだった。


美形の兄ちゃんは振り返った俺を見て、表情をハッとさせた。と思ったら、すぐに真顔になった。

俺がちっちゃいからだろうか。やはり子供に見えてるのだろうか。


「手紙を届けに来ました…」


おずおずと答えると、美形の兄ちゃんは真顔で、何だったら冷たい感じで言い放った。


「そうか、ご苦労様」


「あの、でも。この家の人かどうか分からないので…えと」


美形の兄ちゃんが手紙を受け取ろうと手を差し出した。そこにポンと手紙を載せれば終わりなんだろうけど、この兄ちゃんが本当にこの家の人なのか俺には判断できない。

家の中から出てきたならともかく、そうじゃないから渡していいのかどうか分からない。

この兄ちゃんがこのお屋敷とは関係ない変なヤツだったら一大事。


困ったなあとキョロキョロおどおどする俺だが、美形の兄ちゃんは手を出したまま動かない。

それが威圧的にも見えて、どうしようかますます困った。

そしたら。


「お帰りなさいませ、リシュ様。どうかなさいましたか?」


俺がまごまごしてたら、庭から使用人さんが現れた。美形の兄ちゃんに『お帰りなさいませ』って…。ていうことは。


「ごめんなさい!これ、手紙です!」


俺は手紙の束を美形の兄ちゃんにぺしんと押し付けた。

そして、変なヤツかもしれないって疑ってしまった気まずさから、俺はすぐに駆けだした。ぴゃーっと逃げた。

失礼なことしちゃった。本当にあの家の人だったんだ。



「今日は変わったこと無かったか?」


夜。帰ってきたおっちゃんにそう聞かれた。だから今日のこと話した。


「あった。配達員さんが具合悪くなって、今日だけ配達のお手伝いしたんだ」


「えっ?大丈夫だったか?」


おっちゃんは心配そうに俺の頭を撫でまわした。


「うん。地図があったし、お金持ちの地区だったから道も広くて迷子にならなかった。だけど…」


俺が昼間の失敗をおっちゃんに話すと、おっちゃんは「失敗は誰にでもある」って笑って、また俺の頭をわしわし撫でた。

ちょっと落ち込んでたけど、おっちゃんに撫でられたら元気出た。

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