第8話
話がまとまってから数日後。
おっちゃんは平日に休みを取ってくれた。役所に行くため。
ドキドキしながら役所に行ったけど、なんやかんやの手続きは無事にアッサリと終了。自称14歳も受け入れられ、それで年齢が登録された。
ちなみに、手続きしてくれたおじさんにも「おやおや、かわいいね」と頭を撫でられた。
俺はこの世界でどんだけかわいんだろうか…。少しだけ困惑。けど嬉しい気持ちもある。フクザツ。
それはともかくとして、おっちゃんに保護者になってもらい、ほくほくした気持ちでおっちゃんと手を繋いで役所を出た。
「おっちゃん、俺はもう働けるかな」
ウキウキして尋ねるが、おっちゃんは渋い顔。
「子供は働かなくていいんだ。家のこと少し手伝って、勉強して、あとは遊んでたらいい」
遊ぶ…?
ネット環境があれば、家に引きこもってる可能性も少なからずある。
だけど、もし家から出ずに遊んでいられる環境であったとしても、おっちゃんだけ働かせて呑気に過ごすような俺ではない。おそらくね。
それに…。
「遊ぶって言っても、俺は友達いないし…。おっちゃんが帰ってくるまでお留守番してるのは、少し寂しい」
そう呟くと、俺は転びそうになった。おっちゃんが急に立ち止まったから。
なんだなんだと思い、ついと見上げると、おっちゃんは神妙な顔つきしてた。
「そうだな。おっちゃんが仕事行ってる間、坊主は家に一人なんだよな。でもなあ…」
おっちゃんを困らせてしまった。
「おっちゃん、ごめんね。もうちょっと大人になってから仕事見つけるよ」
立ち止まったままのおっちゃんの手をゆるゆる引っ張って、帰ろうって気持ちを伝えた。
だけどおっちゃんはウーンと唸って、しかめっ面。本格的に困らせちゃった…。
と、思いきや。
「そうだ。坊主でもできそうな仕事のアテがひとつある。行ってみるか」
「本当?おっちゃん、すごいね!」
ふたりでテクテク歩いてやってきたのは、郵便局だった。
俺の知ってる郵便局の感じでいうと、本局じゃなくて町の郵便局って感じの規模。
初めて来たなあと思ってキョロキョロしてると、ガタリと椅子を立つ音が聞こえた。
「アシオさんじゃないですか!」
音と声のほうを見ると、仕事をしてた男の人が慌てて席を立ったのが見えた。
おっちゃんとお兄ちゃんの間くらいの年齢の人。うーん。お兄さんかな。
「局長、ちょっと頼みがあるんだ。いいか?」
頼みの種類が何なのか分からないのに、局長と呼ばれたお兄さんは自信たっぷりに頷いた。
「命の恩人の頼みですから、何でも聞きますよ!」
命の恩人…。おっちゃん、すごい。カッコいい。
「実は、この子なんだが。こう見えて14歳なんだ。ここで何かできる仕事はないか?」
おっちゃんと手を繋いだままの俺に、郵便局のお兄さんが目をぱちくりさせた。
「14?本当ですか?ちょっとごめんね。一応、面接ってことで」
嘘です。本当はもうすぐ17歳…。心の中で謝ってると、お兄さんはポケットからカードを出した。
番所の兄ちゃんが持ってたようなカード。でも、兄ちゃんの持ってた透明のとは違って、薄いピンク色してた。
それを俺の手の甲にかざすと、お兄さんは「本当に14歳なんだ…」とビックリしてた。
「保護者がアシオさんなんですね。全く問題ないです。ただ一応、局の方針としては16歳になるまでは長時間働かせることはできません。
週に3日か4日で、一日6時間ってとこですね」
局長さんはそこまでおっちゃんを見て言って、その後しゃがんで俺と目を合わせてニコッと笑った。
「それでもいいかな?頑張れるかな?」
「はい、頑張ります!」
郵便局で、俺は明日から働くことになった。手紙の仕分けとかするんだって。
地図を眺めていた成果が発揮される…かもしれない!
郵便局を出たあと、俺はおっちゃんの手をにぎにぎした。
「おっちゃん、ありがとう」
「知らないとこで働かれるより、おっちゃんの知り合いのとこのほうが安心だからな」
「ねえ、おっちゃん。手にかざすカード、お兄ちゃんのと色が違ったね」
「ああ。色によって、映る情報が違うんだ。
番所の奴らが持ってるのは、かなり詳細な個人情報が映るんだよ」
局長さんが持ってたのは、どの程度個人情報が映るんだろう。
名前と年齢と住所と保護者の名前くらいかな。
「へえ。そうなのか、すごいなあ。あとさ、命の恩人なの?局長さんの」
「昔な。まだあの局長がひよっこだったときに、ちょっとな」
ちょっとって何だろか。
気になるけど、おっちゃんが言葉を濁したので聞かないでおく。
「おっちゃんは、俺にとっても命の恩人だよね。すごい」
「すごくない。坊主のほうが、すごい」
「すごい?俺が?」
すごいちっちゃいとかだろうか…。そう思っておっちゃんを見上げると、おっちゃんはフッと笑って俺の手をギュッと握りなおしてくれた。
「腹減ったな。いつもの店で、弁当買って帰ろう」
「うん!イズルスペシャルを頼もうっと」
いつもの店というのは、家の近くにある弁当屋さん。
イズルスペシャルというのは、弁当屋さんの夫婦が俺のために作ってくれるお弁当。
お店のどのお弁当よりも、栄養バランスを考えてるんだって。
お弁当に思いを馳せたら、おっちゃんが俺に『すごい』って言ってくれたことは、頭からすっかり抜け落ちてしまった。結局何のことだったんだろう。
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