第7話
俺は学校に行かなくてもいいのか。働かなくてもいいのか。
それをおっちゃんに聞こうと思ったが、聞けなかった。
学校に行くとなると、お金がかかるだろう。誰がお金出すの?おっちゃん?
俺が働くというと、おっちゃんは反対するだろう。なんせ俺は台所の火を使うことさえ禁止されているのだ。というか、俺は自称14歳。14歳でも働けるもの?
おっちゃんが仕事に行ってる間、新聞の求人欄を眺めてみた。14歳の募集はない。最低でも16歳からだ。
ボケーっとしてると、一日が過ぎるのは早い。もう夕方だ。おっちゃんそろそろ帰って来るかな。
そう思ったとき。コンコンと玄関がノックされた。
誰だろう…。
少し警戒しながら耳を澄ませる。ボロだから、家の中でも頑張ったら玄関の外の声も聞こえる。
「イズルくん、いるかい?僕だよ」
番所の兄ちゃんだ!
慌てて玄関に走って喜んでドアを開けると、兄ちゃんはニコニコして俺の頭を撫でてくれた。
「元気だった?」
「うん。元気だよ」
「そうか、それはよかった」
兄ちゃんはずんずんと家に上がり、居間の椅子に腰かけた。
何か用があるから来たんだろうけど…俺も聞きたいことある。兄ちゃんになら聞いても大丈夫。
「ねえ、兄ちゃん。聞きたいことがあるんだけど…」
「なんだい?」
「俺は学校行ってないけど、こどもはみんな学校に行ってるの?学校ってどんなとこ?」
兄ちゃんは少しだけビックリしたように目を開いた。そして、ビックリを隠すように目をぱちぱちさせたあとで微笑んだ。
「そうだね、平民でも大体の子は12歳まで学校に行くよ。読み書き計算を勉強するんだ。
そのあとは、親の手伝いをしたり、商人や職人のところで働いたり。でも、経済的に余裕のある子は上級学校に行くね。あとは、一定の基準をクリアしたらどんな家の子でも騎士の養成所に行けるよ」
「そうなんだ…」
つまり、自称14の俺は、無理して学校に行かなくてもいいってことなのか。
「学校に行きたいの?」
「ううん。行かない。字はおっちゃんに教えてもらってるし、新聞も読めるよ」
「そう、お利口さんだね」
兄ちゃんはフンワリと微笑んだ。でもやっぱりちょっとだけ俺のこと可哀想だなって不憫に思ってくれてるのが伝わった。
「でも…。学校は行かなくても…。14歳だから、働かなきゃって思ってるんだ」
俺がしょぼくれてそう言うと、兄ちゃんはまた俺の頭をなでなでしてくれた。
「学校に行くにしても働くにしても、イズルくんは今はできないんだ。
出生登録って分かるかな?子供はみんな、生まれたときに情報を登録するんだ。
イズルくんには、それが無かったんだよ」
そこだ。まずそもそも、俺はこの世界に戸籍が無いんだ。
「…そっか…」
「イズルくんのお家を探したけど、見つからなくてね。今はアシオさんがイズルくんを預かってくれてるけど…」
おっちゃんは俺に好きなだけここにいていいと言ってくれた。
だけど…。
「俺、施設に行くのかな」
戸籍のない子が、いつまでも親切なおっちゃんの家にいることはさすがにできないだろう。
今はあくまで、一時的な措置なんだ。なんだか悲しくなってきた。
「実は僕も施設で育ったんだよ。あそこは悪い所じゃない。だけど、イズルくんみたいにのんびりしてる子には大変かもしれないんだ。
ご飯も競争、服も競争、オモチャも競争だったからね」
最初に番所で言われた言葉。『こういう子にとって施設は厳しい』ってそういう意味だったのか。
俺の年齢の問題ではなく、見ただけで分かるぼけーっと具合の問題だったのか。
「イズルくんは、アシオさんと一緒に暮らしたい?これからもずっと。ずっとだよ。イズルくんが大人になるまで、ずっと」
兄ちゃんは小さい子供にも分かるような易しい言葉で問いかけた。
おっちゃん…。
おっちゃんは、ご飯作ってくれる。迷子にならないように手を繋いでくれる。
モコモコの服も足にピッタリな靴も買ってくれた。
寝る前にお話してくれる。おでこさすりさすりしてくれる。
「おっちゃんがいいって言ってくれたら、大人になるまでずっとここにいたいな」
俺がそう答えると、兄ちゃんはニコーっと笑って急に拍手をした。
「そうか。じゃあ、アシオさんに保護者になってもらおうか。
役所に行って、届を出すんだ。保護者が決まって、ちゃんと登録もされたら、働くことも学校に行くこともできるよ。
ね、アシオさん!」
兄ちゃんが玄関のドアに向かって声をかけると、おっちゃんがひょこっと姿を見せた。
おっちゃん、いたんだ!
「イズルくんがうんって言うかどうか、僕が確認しなきゃいけなかったんだ。
当事者同士じゃ、遠慮して本音が言えないかもしれないからさ」
兄ちゃんの言葉を半分くらい聞いたとこで、俺はだだだーって駆け寄っておっちゃんに抱き着いた。
「おっちゃん、ありがとう!」
おっちゃんは俺の頭をわしわしした。いつもの二倍増しくらい。
「坊主がいないと、おっちゃんもつまらないからな」
そう言い終るや否や、おっちゃんは俺をひょいっと抱き上げた。
おっちゃんの腕、すごい。強い。たくましい。
俺もおっちゃんのように、強くなりたいな。
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