第5話
迷子になってしまった。
そのへんの人に番所がどこにあるのか聞いてみようかな。
子供じゃないから、それくらいできるよ。
でも、泣きそうなんだ。心細いんだ。
おっちゃんは俺の家を探そうとしてるから。俺とお別れしようとしてるから。
うぐぐ。泣くな、俺。
道を尋ねるのはあとにして、俺は道路の端っこに寄って泣くのを堪えることに専念した。
涙が引っ込んだら道を聞こう。そうそう、そうする。
うぐぐぐぐ。涙よ、引っ込め。
脳内の指揮系統に命令を下すが、俺の言うこと聞かない。
俯いてたら、地面に涙がポトリと落ちてしまった。
その時。
「坊主!」
おっちゃんの声が聞こえて、バッと顔を上げる。
人ごみを掻き分け、おっちゃんは俺のとこに来てくれた。
「すまんかったな。はぐれて怖かっただろ?もう大丈夫だ」
涙がだばだば流れてしまった。
泣いてる俺の顔を、おっちゃんはおっちゃんなりに丁寧に服の袖で拭ってくれた。
「ほら、帰ろう。迷子にならないように、手を握っててやる」
おっちゃんは大きい手で俺の手を取った。
俺はその手をぎゅうっと握った。
「坊主の手はちっちゃいな」
ちっちゃくない。おっちゃんの手がおっきいんだ。
ボロアパートに帰ったあと、おっちゃんは俺に温かいミルクを入れてくれた。
「ほら、これ飲んだら少しお昼寝しろ」
テーブルにゴトンと置かれたコップを見つめて、俺は思ってること言ってみた。
「おっちゃん、おっちゃんは俺が家に帰ったほうがいいと思ってる?」
おっちゃんは一瞬黙って、そんで俺の頭に手を乗せた。
「そんなことないよ。おっちゃんの家に、好きなだけいていいんだ」
「本当?」
コップからおっちゃんへと視線を移す。おっちゃんは笑ってた。いかついけど優しそうに笑ってた。
「ああ。本当だ」
俺は安心した。ここから出て行かなくていいんだ。
ならば、おっちゃんの役に立たねば。ごくつぶしにはなりたくない。
「おっちゃん、俺、家のこと手伝うよ。お料理とか」
俺の提案に、おっちゃんは渋い顔。
「料理か…。料理はダメだ。火を使うのは危ないからな」
火を使うのはダメなのか。
俺がぼけーっとしてボロアパートを全焼させたら目も当てられないもんね…。
「じゃあ、お使いとか、お掃除とかする」
おっちゃんは俺の頭をわしわし撫でた。
「そんじゃ、洗濯屋へのお使いを頼もうかな」
「任せて、おっちゃん!」
結局、お昼寝はしなかった。
これから俺が何をするかということ。それと、してもいいこととしてはいけないことをおっちゃんに決められた。
洗濯屋へのお使いはひとりで行ってもいい。だけど、それより遠くにひとりで行くのはダメ。
朝お湯を入れても夜まで熱い魔法瓶のようなポットがある。そのポットからコップにお湯を注ぐのはいい。だけど、火を使うのはダメ。
お留守番してるとき、番所の兄ちゃんが来たら開けてもいい。それ以外はダメ。
おっちゃん、結構過保護な気がする…。
そんなこんなを決めたりしてたら、いつの間にか夜。
おっちゃんが作ってくれた晩ご飯を食べて、シャワーを浴びたら、もう寝る時間。
まだ起きてると言った俺を、おっちゃんは寝室に担ぎ上げて連行した。そんで、ベッドにコロコロ転がせた。
乱暴な手つき、いや、大雑把な手つきで、おっちゃんは俺に布団をかぶせた。
「おやすみ」
そう言って俺をポンポンして、おっちゃんは寝室から出ようとした。
そこを俺は呼び止めた。
「おっちゃんもベッドで一緒に寝ようよ」
俺はどんどん精神年齢が退行しているのか、おっちゃんと一緒に寝ることに抵抗はなかった。
子供がお父さんと一緒に寝る、そんな感じ。
「そうだな。今日は怖かったもんな。
明日の準備をしたら、おっちゃんも寝るから。坊主は先に寝とくといい」
おっちゃんはもう一回ベッドに近づいて、俺のおでこをさすりさすりしてくれた。
そしたら俺はすぐ眠くなって、あっという間に寝ちゃった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます