第3話
朝ご飯はパンとハムだった。
パンもあるんだと思いつつ、手に取る。ちょっと硬そうなパン。
「おっちゃんは仕事に行くから、大人しく待ってるんだぞ。
家から出ちゃダメだぞ」
パンをまぐまぐしながら、俺は頷いた。
この見知らぬ世界。家から出てトラブルに巻き込まれたら怖いし…。
おっちゃんの仕事って何だろう。イメージ、木こり。
「あと、人が来ても玄関開けちゃダメだ。それと、朝ご飯食ったら顔を洗って着替えるんだ。できるか?服はそこに置いてあるからな」
おっちゃんの言葉に、俺はひとつずつ頷く。
「お昼にいったん帰って来る。もし帰ってこなかったら、パンをかじっててくれ。ここにあるから」
おっちゃんはキッチンのカゴを指差した。
俺はそれにも頷く。
「じゃあ、行ってくる」
「いってらっしゃい」
おっちゃんの背中を見送り、俺は尚もパンをまぐまぐした。
そして、顔を洗って着替えたら、早速することが無くなった。
テレビもパソコンもない。…宿題もしなくていい。
どうやって時間をつぶそう。
部屋を物色するのも気が引けるが、物色してみようか。
キッチンに近づく。野菜か何かを包んでいた紙を見つけた。新聞紙かな。
広げてみる。
読めるには読める。だけど、分からない言葉もある。
多分だけど…。
俺の国語力や知識がそのまま、この世界の語彙力や理解力に反映されてるのかな?
日本語で書かれてるからといって難解な論文を理解できないのと同様に、この世界の言葉も俺の頭じゃ分からないレベルの難しさのものは、難しくて分からないんだろう。
あと、分からない言葉があるのには、この世界の常識を知らないのも大きいかもしれない。
新聞の文字をなぞってみる。
読み方分かるけど、書き方分からない。書き順とかあるのかな。
くしゃくしゃの新聞を畳み、再びテーブルにつく。
することは特にない。
紙とペンがあればいいんだが。そしたら、字の練習ができる。勉強はあんまり好きじゃないけど、やっぱ、字を書けるくらいはできないとね…。
おっちゃんが帰ってきたら、聞いてみよう。
そんなこと思ってたら、テーブルに突っ伏していつの間にか寝てた。
「坊主、こら、おい」
ゆさゆさ肩を揺さぶられて目が覚めた。
窓の外、日が暮れかかってる。すっかり夕方だ。
「おっちゃん…おかえり」
「寝るんだったら、ベッドで寝ろ。な?」
「ウン…」
俺が眠そうにもにょもにょしてると、おっちゃんは俺の頭をわしわし撫でた。
「パンも食べてないじゃないか。何してたんだ?」
「…何もしなかった」
掃除とかすればよかったのかな…。今更気づく。いろいろ遅い、俺。
おっちゃんは今日は料理しなかった。
買ってきてくれたお弁当を食べた。お肉が入ってた。
「おっちゃん、おっちゃんは何の仕事してるの?」
「騎士の養成学校で、教える仕事してるんだ」
木こりじゃなかった。
「へえ。そうなんだ。先生なんだね。騎士…」
騎士ってどんな存在だろうか。警察みたいな?軍隊みたいな?
だから、おっちゃんは怪我の跡があったのかな。
「おっちゃんが怪我してたのって、それと関係あるの?」
「…そうだな」
おっちゃんは口が重くなった。喋りたくないことなのかな。じゃあ聞かないでおこう。
「おっちゃん、ご飯食べたら、紙とペンをちょうだい」
「お絵描きでもするのか?」
お絵描きするように見えるのか、俺が。そんなお子様じゃないんだけどな。
「ううん。字を書く練習する」
「坊主、えらいな。よし、おっちゃんが見てやろう」
「ありがとう、おっちゃん」
おっちゃんに字の書き順を教えてもらって、勉強した気分になった。
そんなこんなしてたらすっかり夜。寝る時間。
「そろそろ子供は寝る時間だな」
はっ!そうだ!俺は今日はベッドを遠慮しなければ。昨日はおっちゃん、床に敷物敷いて寝てた。申し訳ない。
「俺、お昼ずっと寝てたから眠くないんだ。夜は起きとくんだ。だからおっちゃんはもう寝なよ。ベッドで寝なよ」
ひっしとテーブルの天板を掴んで、寝ないアピールした。
「坊主、遠慮しなくていいんだぞ」
「遠慮してない。遠慮なんて言葉は知らない」
かたくなに寝るのを拒否してたら、おっちゃんの手が俺の脇腹に。そんで、こちょこちょされた。
くすぐったくて、うひょうってテーブルから手を離したら、おっちゃんに担ぎ上げられた。
荷物みたいに、ひょいって肩に担がれた。そのまま寝室に運ばれ、ベッドにポイってされた。
「おっちゃん、ズル。ズルした。ズルい」
俺は恨みがましく因縁つけたが、おっちゃんは笑って俺に布団をかぶせた。
さらに、俺のおでこを大きい手でさすりさすりした。
なんだかお父さんみたいだ。
「明日は仕事休みだから、出かけてみような」
おっちゃんにさすられてウトウトして、いつの間にか寝てしまった。
そして、朝。起きると…。
おっちゃんはもう起きてる様子。寝室のドアの向こう、居間で人の気配。というか、声。
狭くてボロなので、筒抜けだ。
「坊主のこと、何か分かったか?」
おっちゃんと話してる相手は、番所の兄ちゃんだった。
「いえ、それが全く。捜索願も出されてませんし、何の情報も。出生登録もなく、あんな下着みたいな姿で放り出されてたことも考えると、捨て子かもしれませんね。
…あの子はどうですか?どんな様子ですか?」
下着じゃないよ、Tシャツと短パンだよ。
そうツッコミ入れたかったが、俺はそのまま聞き耳立てる。
「素直で優しい子だが…。物を知らないな。お湯の出し方も知らなかった」
「今まで自分でする必要が無かった?誰かに世話されてたんでしょうか?」
兄ちゃんの推測に、おっちゃんは溜め息を吐いて同意した。
「そうかもしれない。細っこいけど、栄養状態が悪いようではなかった。どこぞのお偉いさんの娘が、密かに生んだ子供かもしれないな」
「公にできず、出生登録もせず…。何らかの事情で手元に置いておけなくなって、置き去りにされたんでしょうか…もしそうだとしたら、なんて不憫な」
俺、すっごいキャラ付けされてる。
そんなんじゃないんだけどなあ。正直に言ったほうがいいかな。だけど、信じてもらえなかったらどうなるんだろう。子供の作り話って思われるだけかな。
この話は、聞かなかったことにしよう。
そう思って、二度寝しようと布団の中で丸まった。しかし。
寝室のドアが開いて、おっちゃんが入ってきた。
「坊主、朝だぞ」
ゆさゆさされてしまっては起きねばならぬ。
今起きましたと言わんばかりに、もそもそとベッドから這い出す。
「おっちゃん、おはよう」
「おう、おはよう。お、ちょっと目を閉じろ」
おっちゃんは俺の顔をうにうに触って、目やに取ってくれた。そこまでしなくていいのに。
まるで俺は幼児。いや、可哀想な子だと思われてるのか。
うーんと唸りながら居間に行くと、やっぱり番所の兄ちゃんがいた。
「やあ、おはよう。よく眠れた?元気かい?」
「すごい元気だよ。朝ご飯もたくさん食べるよ」
「そう、それならよかった。じゃあ、またね。アシオさん、朝からすみませんでした」
番所の兄ちゃんはそう言って帰って行った。
おっちゃんに俺の情報が何もないことを言いに来て、おっちゃんが俺の世話してるのか念のために見に来たのかな。
お仕事、お疲れさまです。振り回してごめんなさい…。
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