第2話
おっちゃんの家。
そこはなかなかのボロアパートだった。アパート?集合住宅?文化住宅?
「すまんな、狭いけどガマンしてくれな」
おっちゃんの部屋。1LDKのようだ。
不躾にぐるりと部屋を見る。年季の入ったテーブルとイス。あんまり使われてなさそうなキッチン。あっちのドアはトイレかな。こっちのドアはお風呂かな。奥のドアは寝室かな。
ぼけーっと突っ立ってたら、おっちゃんに背中を押された。
「ほら、部屋を暖めておくから、体を洗ってきな。ひとりでできるか?」
たとえ俺が12歳だとしても、お風呂にひとりで入れるよ。
そんなツッコミはしないで、俺は頷いた。
さっき『ここがお風呂かな』と思ったドアが正解だった。まず脱衣所があって、ガラスのドアを開けたらお風呂。お風呂というか、シャワールーム。浴槽は無い。
プールにあるシャワーのような感じ。
すっぽんぽんの状態で、ここからお湯が出るんだろうなと見上げたとこで、ふと気づく。
捻るとこが一個しかない。勝手にお湯が出てくる仕組みだろうか。とりあえず捻ってみた。
水が出てきた。水だけ。声にならない声を上げ、ザーッと水に打たれた。
つめたいよう…さぶいよう…。
こうなることが分かってたから、おっちゃんは部屋を暖めると言ってたのかな。
なんとか体を洗い終えた俺は、おっちゃんが用意してくれてたブカブカの服を着て、ぶるぶる震えて居間に戻った。
そしたら、おっちゃんが驚いてた。
「お湯を使わなかったのか?遠慮しなくていいんだぞ?」
「お湯…分からなかった」
素直に答えると、おっちゃんは困ってた。
「そうか。じゃあ、もう一回おっちゃんと入ろうな」
俺はおっちゃんに手を引かれて、再び風呂場へ。さっき着た服を、おっちゃんに脱がされた。
おっちゃんも服を脱いだ。おっちゃんはマッチョだった。体に古い傷がたくさんあって、おっちゃん何者だろうとボケーっと思ってたらお湯がザーッと出てきた。あったかい。
さっきは水しか出てこなかったのに…。
「ちゃんとお湯って考えながら捻るんだぞ」
どうやら、念じたらお湯が出てくる仕組みらしい。すごいな、どうなってんだろう。
…いや、仕組みを深く考えるのはよそう。お湯をどう出すか、しっかり覚えとこう。
風呂場を出たら、今度はご飯。
おっちゃんが台所に立って、作ってくれた。料理してる後ろ姿を見て思う。
普段、あんまり料理しなさそう…。手際が良くない感じがありありと。
「簡単なものしかできなくて悪いな」
おっちゃんが出してくれたのは、雑炊みたいなの。
これは意外だった。街並みが西洋風だから、パンかなって思ってた。米なんだ。
「いただきます」と、手を合わせ、雑炊を一口。
薄い塩味、あと野菜の味。
「おっちゃん。おいしいね。おいしいね」
俺は本当にそう思ったのが、おっちゃんは何だか少し申し訳なさそうだった。
「明日はもう少しいいもん食わせてやるからな」
俺の物差しでは、雑炊は確かにごちそうではない。おっちゃんの物差しでもそうなのだろう。
どこの誰かも分からない俺に、そんなに気を遣うおっちゃん。人がいいなあ。
「これ、おいしいねえ」
俺はおかわりまでして、雑炊をもりもり食べた。
もう少し遠慮すべきだったのかもしれないと、「ごちそうさま」の後に思い至った。
食後、お皿洗いくらいはしないと…と思ったが、おっちゃんは俺に何もさせてくれなかった。
座ってたらいいって、それだけ。
椅子に座って、足をブラブラ。
そう、足がつかない。
この世界の人は、大柄だ。おっちゃんも、交番の兄ちゃんも、街中で見た人たちも。
全体的にでかい。でかいのが普通なんだろう。
だから、相対的に何もかもでかい。椅子もでかい。
このでかい世界で、これから俺はどうなっちまうんだろうか。
「坊主、眠いのか?」
自分の行く末を悩んでる顔が、眠そうな顔に見えたらしい。
「まだ眠くないよ」
と、返事したけど、おっちゃんは俺の言葉を信じなかった。
「子供は早く寝るに限る。こっちで寝なさい」
おっちゃんは寝室のドアを開けた。まあまあの散らかりようだった。あと、狭かった。
ベッドがあって、クローゼットがあって。それでスペースがほとんど埋まってた。
「明日、ちゃんと掃除するから。今日はこれで勘弁してくれ」
ベッドの上の服やら何やらを、おっちゃんは適当にまとめてクローゼットに放り込んだ。それは何の解決にもなってないよ、おっちゃん。
そして、おっちゃんは俺をベッドに寝かせて布団をかぶせた。男くさい匂いがした。
「おっちゃんはどこで寝るの?」
「ああ、おっちゃんは敷物を敷いて床で寝るよ」
そう聞いて、俺はむくりを起き上った。
「床は冷たいよ、きっと…。俺が床で寝る」
起き上がった俺の肩を、おっちゃんはポンポンと叩いた。
「おっちゃんは丈夫だから平気なんだよ」
親子ならともかく、知り合ったばかりの俺とおっちゃん。
一緒に寝ようというのも憚られて、俺は大人しくベッドに収まった。ごめんね、おっちゃん。
今日だけベッド使わせてもらいます。明日は俺が床で寝るから。
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