俺とおっちゃん

のず

本編

第1話

中学時代の体操服であるTシャツと短パンを着て、サンダル履いてのん気にコンビニに行く途中。

財布忘れたことに気付いて引き返そうと思った瞬間、何かに躓いてべしゃっと転んだ。ぼーっとしてるとよく指摘される俺だけど、まさか道を引き返す動作だけで転ぶとは。

「いててあはは」と、誰も見てないだろうけどごまかし笑いしながら立ち上がった。

そしたら。

知らないとこにいた。


へ?

さっきまで家の近所歩いてたのに。

ここはどこ?


見慣れてる近所の風景じゃなくて、石造りの何て言うかちょっと粗末な感じの家が並んでた。

地面もアスファルトじゃなくて、土。そんな狭い路地に、俺は立ってた。


なになにどこどこなにここ。

パニックになってキョロキョロしながら歩いてくと、狭い路地を出て少し広い道に出た。

そこでますます混乱に襲われる。


ゲームの世界観にありそうな、古い西洋の街並み。なぜか理解できるけど、今まで見たこと無い文字の看板。

そして、寒い。さっきまではTシャツ短パンサンダルで充分だったのに。


あまりにもアワアワとなってたからだろうか。

通りを歩いてたいかついおっちゃんに声をかけられた。


「坊主、どうした。迷子か?」


そう問われても、俺も分からないのだ。


「俺…迷子なのかな…?」


俺は夢遊病になって、某テーマパークの某魔法使いエリアに入ってしまったんじゃないかって少し思った。

だけど…。目の前の、いかついおっちゃんを見上げる。

そう、見上げるでかさ。俺だって高校生の平均身長はあるけど、おっちゃんでかい。2メートルくらいありそう。というか、歩いてる人たち、みんなでかい。だからここ、テーマパークじゃないだろう…。


「坊主、番所へ連れてってやろうな。ほら、寒いからこれ着るといい」


Tシャツ短パンの俺に、おっちゃんは自分が着てたゴワゴワした上着を着せてくれた。

俺が着るとブカブカ。

なんか分かんないけど、何にも分かんないから、おっちゃんについていくことにした。


連れてってくれると言ったけど、どこに連れてってくれるんだろう。聞き取れなかったなあ、と思ってたら、着いた先は小さな建物。中には制服らしきカッコいい服を着た兄ちゃんがいた。


「アシオさんじゃないですか。どうかされましたか?」


あ、分かった。ここは交番だ。

興味津々で交番の中を見回す俺に、おっちゃんはてしてしと軽く肩を叩いた。


「この坊主、迷子のようでな。連れてきた」


おっちゃんの上着を着せられた俺に、兄ちゃんが腰をかがめて視線を合わせた。


「迷子?それは困ったね。お家はどの地区か分かるかな?」


俺の家は多分この街には無い。…ハッキリ言うと、この国にもない。

さらに言うと、この世界に俺の育った家は無いんじゃなかろうか。

違う世界に来てしまったような、そんな奇想天外な神隠しが自分の身に降りかかったと薄っすら思う。


けど、そんなこと言えない。変なヤツってあしらわれて放り出されたら困る。

だから俺は兄ちゃんの質問に「分からないです」と答えた。


すると兄ちゃんは苦笑い。


「そうか。ほら、手を出して。お家を調べてあげよう」


手を出したら何で家が分かるんだろう。分かんないと思うけど…。言われたから手を出す。

手のひらを上にして両手を出すと、兄ちゃんもおっちゃんも怪訝な顔になった。なに?俺なにか変?


「こっちの手でいいんだよ。ほら」


兄ちゃんが俺の右手を軽く掴んで、手の甲を上にした。

そして、胸ポケットから薄い透明なカードを出して俺の手の甲にかざした。


「あれ?おかしいな。映らない」


兄ちゃんは何回か俺の手の上にカードをかざしたけど、やりたいことが上手くいかないみたい。首を傾げ、今度は兄ちゃん自身の手にかざした。そして、更に首を傾げた。


「変だな、僕のはちゃんと映る…。左手もいいかな?」


今度は俺の左手にカードをかざしたけど、やっぱり反応しない様子。

そこで兄ちゃんは、困った表情を浮かべた。


「まずいな…。出生登録されてない子なのかな?」


兄ちゃんの言葉で、俺は納得した。

きっとここでは、生まれたら出生届を出す感じで個人情報を登録するのだろう。そして、あの透明なカードで埋め込まれてる個人情報を読み取るのだろう。

でも俺には無い。さっきここに来たんだし…。あるわけないよ。


「役所に連絡しておきます。連れてきてくれてありがとう、アシオさん」


どうやらここでおっちゃんとはお別れのようだ。

俺は着せてもらってた上着をもそもそ脱いだ。


「ありがとうございました」


おっちゃんに上着を返そうとしたが、俺が差し出してもおっちゃんは受け取らない。

俺を見つめたまま、おっちゃんは兄ちゃんに話しかけた。


「あー…。この子、どうなる?親が見つからなきゃ、施設か?」


「そうですね。親が見つかっても、施設かもしれないです。なんせ、出生登録されてないし、それに…」


兄ちゃんは気の毒そうに俺を見た。

そして、おっちゃんは俺を可哀想と言わんばかりの目で見てきた。Tシャツ短パンで、今ここの季節にそぐわない格好だからかな。さっきまで暑かったはずなんだけどな…。


まあ、服装のことはさておき。

おっちゃんは迷子で出生登録のない俺を可哀想に思ってるんだろう。ただの迷子じゃなかった俺の存在が、おっちゃんにとって何だか心苦しいものなんだろう。優しいおっちゃんだ。


「おっちゃん、ありがとう」


もう大丈夫だよ、と言う気持ちを込めて、俺はぐいっと上着をおっちゃんに押し付けた。

そしたら今度はおっちゃんは受け取った。


だけど。なぜかまた俺に着せた。


「しばらく、家で預かるよ」


迷子をそのへんの街の人が預かるなんて、俺の常識では考えられない。

が。兄ちゃんは全く問題だと思ってないようだった。


「本当ですか?アシオさんなら安心です。

施設は悪いところじゃないけど、こういう子にとっては厳しいかもしれませんし…」


俺にとって厳しいってのは何でだろ。

俺がもうすぐ17歳だからかな。施設はもっと小さい子のためのとこなのかな。

そんなこと思ってたら、心の声が聞こえかのように、おっちゃんは俺に質問した。


「坊主、何歳なんだ?」


サバを読んだら、俺は施設に行けるかな?

おっちゃんは親切だけど、俺を預かる義理なんてないんだし。おっちゃんに迷惑かけられない。


「俺は…14歳です」


これくらいならバレないかと思って、14歳を自称。すると、おっちゃんも兄ちゃんも驚いてた。やっぱ14は無理があったか。


「嘘吐かなくていいんだよ。本当は12歳くらいだろ?」


今度は俺がビックリ。

ひええ…。ボケーっとしてる顔つきで、そのせいで幼く見られがちだけど、まさか12に見える?マジで?

おっちゃんや兄ちゃんに比べて小柄だけど、ボケーっとした感じかもしれないけど、そんなに童顔じゃないでしょ?


思うところはいろいろあるが、12と誤解されるなら12でいいや。そのほうが施設に入りやすいかも。

と思ったのに。


「よし、坊主。おっちゃんと一緒に行こうな」


おっちゃんは俺を連れて帰る気満々だった。


「施設、行かないの?」


「行かなくていいぞ。坊主、名前は何ていうんだ?」


俺の名前、山木いずる。でも名字は名乗らないほうがいいだろうか。異質だと思われる可能性大。


「俺の名前…。いずる」


「イズル。いい名前だな。おっちゃんは、アシオだ」


「アシオのおっちゃん…」


おっちゃんを見上げる。やっぱりいかつい。

そんな感想を抱いてると、兄ちゃんがおっちゃんにお辞儀した。


「アシオさん、ありがとうございます。僕もその子のこと調べておきます。何か分かったら連絡します」


おっちゃんと俺は交番を出て、日が暮れかかった冷たい風が吹く街を歩いた。

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