第6話 お台場駅前ホテル 16:00
あなたの服とキャップを洗って、ルームサービスに乾燥機にかけてもらうことにした。あなたはバスローブを羽織ってベッドに座っている。バスローブの中は下着姿だ。私は窓際の椅子に座っている。
窓の外にはレインボーブリッジが見える。
「すごいシュチィレーションだよね」とあなたが楽しそうにいった。
「ごめん」
「何で謝るの」
「無理やりホテルに連れ込んだ」
「本当だよね」と言ってあなたは窓の外のレインボーブリッジを見つめた。
「本当はね」
「うん」
「旦那と離婚しようと思っていたんだ」
「えっ」
「勘違いしないで、でもしないよ」
「何で離婚なんか」
「結婚して五年になるけど子供が出来ない。向こうのお母さんや、お父さんが早く孫の顔が見たいって言うの。始めは気にもしていなかっただけど。ちょっと心配になって、内緒で病院いったんだ。
そしたら。
なんとあたし、子供生めない体なんだって」彼女は楽しそうにいった。最もかなしい時。楽しげな空元気を出して楽しげに振舞うのがあなたの特徴だった。その強がりは痛々しいとさえ感じていた。
「ずいぶん悩んだ。でも仕方なく旦那に言ったんだ。離婚してくれって。そしたら当然何故ということになるよね。理由を言ったら家族会議よ。向こうのお父さんお母さんは仕方がない言う感じで、慰謝料も色つけて、できるだけのことはしてあげるって言うのね。もっともこっちのせいだから精一杯のやさしさだったんだろうね。でも旦那は違った。絶対離婚はしないって家族の前にいきまいた。今は不妊治療も進んでいるし、それでためなら養子をとってもいいとまで言った。ものすごく嬉しかった。あたしこの人のためなら何でもしようと思ったの」
私は何もいえなかった。あなたの辛さを始めて知ったことと、それに対して何もしてあげられないこと。そしてたとえ何かが出来たにしても、何かをしてあげるほど近しい間に、もうすでにないこと。そんなことのすべがなんだかとても切なかった。
「ごめなさい。私は旦那のところからあなたのところに来ることは出来ない」
「そんな日はこないことは祈っているし、こないと思うけど。どうしてもいられなくなったら僕のところにくればいい」
「そんな失礼なこと出来ないよ。そうなったら、私はたった一人で生きていく」
「そんな強がることないじゃないか」
「強がってなんか」
「愛しているんだ。たとえ失礼だろうがなんだろうが僕の横にいてくれれば、それだけで僕は嬉しくて、嬉しくて仕方がない。僕のために帰ってきてくれ」
彼女はバスローブをはだけると私に抱きついた。
「抱いていいよ」
「なんだよそれ」
「どうせ子供なんてできないから」
「あんな話きいてだけるかよ」そう言って私は椅子から立ち上がり、再びあなたをベッドに座らせた。
「だったらキスをして。やさしいキスをして。本当に愛されている人からのキスがほしい。それだけでいい」
「旦那から愛されていないのか」
「あたしたちはチームだもん。愛するとか、愛さないじゃない、二人で生きてゆく同士なの。私はあなたに何もあげられない。それでもあなたは私を愛してくれる。そういう愛を持ったキスがほしい」
「ひどいことを言うんだな。僕のことを愛していないと断言しているようなものだ」
「ごめんね。でもあなたに嘘はつけない」
「嘘をついてくれることの方がいい場合もある」
「キスがほしいなんて私のエゴなのかな」
「いや、素直なんだよ、イノセントだよ」夕日が部屋の中に充満する、真っ赤に染まった部屋の中であなたの顔は真っ赤に燃えているかのように見える。それはあまりにリアルな彼女の素顔だったような気がする。私ゆっくり立ち上がると、あなたの前に立った。あなたは以前ベッドの端に座りそんな私を見上げた。私はあなたの前髪を上げると、そのおでこにキスをした。あなたの目から一筋の涙がこぼれた。それがいったい何を意味するものなのか私には分からなかった
それから私たちは二人でベッドに座り窓の外を眺めていた。
窓の外は夜が始まっていた。レインボーブリッジに灯がともる。夜景の東京はあまりに美しかったけれど。そんな事はその時の私たちにはどうでもよかった。寄り添い、横にいるあなたのぬくもりを感じながら、ただそこに居る、あなたと居る。ただそれだけでよかった。そこにはあなたと私の未来はない。でもただこの刹那あなたと一緒に居られる事が嬉しくて、幸せで。尊くて。たとえ後数十分しかなくても。私はこの瞬間を与えてくれた事を神に感謝した。
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