第4話 再会 14:00
二時ちょうどにバスが入ってきた。
私の胸の高鳴りは最高潮に達している。それはまるで初めてデートをしたときのようだった。
バスの戸が開き次々と人が降りてくる。しばらくしてあなたが降りてきた。珍しく帽子をかぶっていた。黄色と黒の縞模様のキャップだった。私が知る限りあなたが帽子をかぶっていたことはない。ましてキャップである。でもそんな事はその時の私にどうでもよかった。私は軽く手をあげると、まるで毎日会っているかのような挨拶をした。あなたを前にすると、それが三年ぶりであるという事が実感できない。嫌一対一で会うということを考えれば実質五年ぶりだ。最後にあったのは豊橋の職場の駐車場でのことだ。あの頃はお互いに車で通勤していた。あのときもまるで明日にでも会うような軽い別れを交わした。そしてしばらく前後で走って国道一号の手前で岡崎と静岡に分かれた。最後にあなたが後ろを走っている私にハザードを三回だした。私は見えるかどうか分からないが。あなたに向かってもう一度軽く手を上げた。
ハザード三回とフロンドガラス越しのあげた手が私たちにとっても本当の別れの挨拶だった。
あのときの軽い別れの挨拶は、この軽い再会の挨拶のためだったのだろうか。いずれにしろこんな事がもう一度あるとは思わなかった。
あなたは腰周りに少し肉がついて、少しだけ顔がふけたように見えた。でも私にとって生涯で最も愛した女に違いない。
「どうする」と私はぶっきらぼうにいった。
「おなかすいた」
「あっそうなの」
「だってお昼は食べてくるなっていったじゃない」
「そうだっけ」といって私たちは歩き出した。
私たちはそのまま、山の手線に乗って、新橋へと向かった。一つ席が空いたので、あなたを座らせた。するとその隣の女性が席をずれて、私の座る場所を作ってくれた。あまり経験のないことだったのですこしだけ驚いた。
「でどこにつれていてくれるの」
「お台場」
「へー」とあなたは驚いたように声をあげた。
「いつ帰るの」私は何気なくあなたに尋ねた。
「今日」
「今日」と今度は私が驚いた声を出した。
「二十三時五十九分」
「泊まるんじゃなかったの」私はうかつにも少し驚いた声を出してしまった。
「旦那に心配かけたくない」
「そっか。まあ、そうだよな。もし泊まるんだったら。明日帰る前に横浜でも行って昼でも食べてと思っていたんだけれど」軽く言ったつもりなのにあなたは悲しそうに私を見つめて、
「ごめんね」とつぶやくように言った。なんだかひどく重い言葉だった。まるで私があなたのことを愛していている事をわかっていて別の男と結婚した。そこまで翻ってあやまっているかのようだった。
新橋でゆりかもめの切符を買おうとしたら、フジテレビの展望台が本日休みというアナウスが流れた。と言っても私たちには送別会が始まるのが7時なので5時間しかない。いまさら行き先を変える余裕はない。
ゆりかもめがあまり高いところから出るのでそのことだけであなたは驚いていた。
「よく来るの」とあなたは楽しそうにいう。
「やっと最近だよ」
「そうなんだ」
「観光に目覚めたんだ。三十年東京に住んでいて。東京タワーも昇ったことなかったし、ディズニーランドもいった事がない」
「で、お台場なんだ」
「そう。いったことなかったから」
「あたしをだしに使った?自分が行きたかっただけ?」
「そんな事は無いよ」当然だ、あなたと行きたかったんだ。という言葉なんて言えるわけもなく。素っ気なく言う。
「でもあの有名な丸い展望台には上れないんでしょう」
「うん。本当はちっと昼、奮発しようと思っていたんだ。なかなか高いもの食うなんてないから、それにせっかく岡崎から来るんだから送別会だけじゃもったいないだろう」
「そうだね」とあなたは答えた。
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