第6話 急の章3
別に、男が気絶するという想像をしてしまえば同様の結果を得られたんだけれど、煙を吸い込んでテンパった状態で、人間の気絶と死をうまく区別できる保証がなかった。さくらの指摘通り、不可逆の変化はもう二度と元に戻らないため、人を能力で殺すことだけは避けなければならない。
そこまで考え、ぼくは大切なことを思い出した。
「さくら!!」
ぼくの戦い、その一部始終を見ていた梅林さくらは、両手を叩きながら言う。
「久しぶりに興奮したよ! 能力を得てから一番の興奮だったかもしれない」
「……どういうつもりだったの? またぼくの思考を乗っ取って、めちゃくちゃなことになったじゃないか!」
少しだけ語気を荒げる。
そりゃあそうだ。たまたま何も起きなかったからよかったものの、一歩間違えれば大惨事になっていた。しかし僕の怒気と真逆に彼女はまたいつもの眠そうな顔に戻り、指を二本立てた。
「理由はふたつかな」
ふたつもあるのか。
「ひとつ。つばきくんの能力の限界値を知りたかった。具体的には、この世界の理を越えた現象は引き起こせるのかということ。テスト満点やテロリストの来襲どころじゃない、本当に空想の世界を現実にできるのかということを知りたかった」
「……」
「そしてふたつ。君は危険だってことを改めてわかってほしかった」
「それは!」
「それは、なに? 今の現象を引き起こしたのは自分じゃないって? 確かに今の現象のきっかけはあたしかもしれないけど、君がこの世にいなければ起こり得なかったことなんだよ」
「……それは……」
「この先の人生で、君はほんの少しの間も冷静さを欠いちゃいけない。我を忘れてしまったら、あたしが特に干渉しなくても今日みたいな大惨事が起きる可能性はあるよ。現実に起こり得ないことまで起こせることが判明したんだ。自分の能力が思っている以上に危険だって理解できた?」
「……」
「君は生きているだけで、世界に迷惑をかける」
突き付けられた現実に、ぼくは膝から崩れ落ちそうになった。
焦げ臭い教室、穴の開いた天井や燃え尽きたカーテンを見て、ぼくは自分の存在がもたらす破壊活動を改めて認識した。
縛りプレイを課せられて退屈だと思っていた。
こんな能力を植え付けた世界を恨んでいた。
でも逆だったんだ。世界の方が、ぼくを迷惑に思っている。
鼻の奥がツンとなった。
高校生にもなって恥ずかしいけれど、無性に泣きたくなった。
その時ふと、全身を暖かい感触に包まれた。
少しして、それがさくらの体温だと気が付く。
ぎゅっ、と抱きしめられて、赤子をあやすように頭を撫でられたぼくは、涙を堪えることができなかった。
「ううっ……なんで、どうしてぼくが」
思わず弱音を吐く。
でもさくらはそんな弱音も優しく包み込んで。
「わかるよ、つばきくん。たぶんきっと、世界であたしだけがわかってあげられる」
と言った。
彼女が世界で唯一の味方。
ぼくの悩み事をわかってくれる、たった一人の人間。
その言葉に、ぼくは自分でも驚くほど救われた気がした。
さくら。
さくら。
梅林さくら。
そんな彼女が、柔らかい笑顔のまま口を開いた。
「つばきくん」
「……はい」
「もう一回聞くね」
「……はい」
「あたしと一緒に、世界を滅ぼそうよ」
その魅力的な誘いに。
ぼくは思わず頷きそうになって。
「……さくら」
「なにかな?」
「……もしかして、ぼくの思考に干渉したかな」
「……」
ぼくは既に自分の思考が奪われている可能性に思い至った。
けれどさくらは曖昧な笑顔を浮かべて、首を振った。
「安心して。していないよ」
少しだけ寂しそうな顔だった。
「……ごめん」
「ううん。もう慣れた」
「……」
ぼくとさくらはしばらく何も言わなくて。
どちらともなく、教室をどうにかしようという話になった。
もう西日もだいぶ傾いてきていて、少しだけ涼しい風が吹き込んできている。
あれだけ大規模な戦闘が行われたのに見回りが誰も来ないのは奇跡だった。
ぼくは息を止めて、目を閉じ、教室が自動修復される様子を想像しようとする。
しかしさくらが「待って」と言ったのでぼくは目を開けた。
「この教室そのものを改変したら、今後この教室を改変できなくなっちゃうんだよね」
能力によって改変された現実はそれ以降能力によって改変できないというルールを指摘された。
「それの何が問題なんだ?」
「君がいつか、世界を滅ぼしたくなったときに、完膚なきまで世界を消し去ろうとしても、この教室だけが残っちゃうよ。それって間抜けじゃない?」
「いや、別に気になんないけど」
「もう。じゃあいいよ」
そう言って不貞腐れた顔をするさくら。
ぼくは気にせず今度こそ息を止めて目を閉じた。
**********
どこからともなくたくさんの小人さんが現れ、あっという間に教室を修復してしまった。
そして現れた時と同様に、どこへともなく消えていった。
**********
「さくら、てめぇ!」
「あはは、やっぱり君の能力は傍から見る分には面白いね」
人の悩み事を楽しむんじゃないよ。
働き者の小人さんたちによってみるみる修復されていく教室を眺めながら、ぼくは単純に疑問に思ったことを聞いてみた。
「っていうかさくら、そんなに世界を滅亡させたいのなら、ぼくの思考を乗っ取ってそのまま滅亡させればいいじゃん」
「ん?」
「え?」
「あ」
「うん」
「たしかに」
気付いていなかったのか!
「そうだね、その手があった」
ぽん、と手を叩くさくら。
やばい気付きを与えてしまったかもしれない。
こんな間抜けな感じで世界終了するの?
そう思いながらあたふたしていると、さくらが「うーん」と首をひねりながら何やらぶつぶつと呟いている。
小人さんたちは作業が終わったのかいつの間にかどこかへいなくなっていた。
教室の修復、には部外者の排除という意味も込められていたのか、横たわっていた炎使いの男もどこかへと連れていかれていた。
え、大丈夫かな。
じゃなくて。
そんなことはどうでもいい。
ぼくの思考を乗っ取って世界を滅ぼせばいいと気付いた梅林さくらの次の一言が、今世界で一番重要なものだった。
そしてその答えは、あっさりと出力された。
「それでいいや、滅ぼそう」
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