不思議な少女

 本校舎3階、図書室の奥にある小さな扉。そこには手書きで探偵部と書かれていた。


「本当にこんなところにあるなんて…そりゃ七不思議にもなるわな、こんなところ知ってないと誰も来ないぞ」

 

 友雪の感想は妥当だろう、何せ連れてきた当人でさえ委縮しているのである。


「な、なんか入りづらいよね」

「言い出しっぺだろ? ノックしろよ」

 

 そんな友雪の言葉に反論する乙葉


「い、いやいや、こういう時は男の子が率先してやってくれるんじゃないの?」

「だってよ、春樹」

 

 即座に友人を差し出せるのは仲のいい証拠なのだろうか。


「なんでナチュラルに俺なんだ、お前も男だろ」

「いや~、俺はほら左利きだから」

 

 関係なくない!? とツッコミながらも春樹は話が進まなそうなので今回は折れる事にする。


「分かったよ」

 

 ノックを数回しても反応がなかったので、意を決してドアを開く。鍵は開いていたようだが、なんで開いてるんだよと理不尽な怒りを心の中でドアにぶつけながら中を覗き込む。


「し、失礼しま~す…っ!?」

「どうしたんだ?」

「誰かいた?」

『・・・っ!?』

 

 先に中を見た春樹と同じように中を覗き込んだ二人は一様に息を飲んだ。

 

 そこには、見た目は幼いが白衣に身を包み、すらりと伸びた髪にどこか大人っぽさを感じる不思議な雰囲気を纏った少女が薄暗い部屋で本を片手に机に腰かけていた。


「あ、あの・・」

 

 固まったままの二人を代表して春樹がこえをかける。。


「ん? なんだ我が探偵部に何か用か?」

 

 いきなりのため口。その雰囲気に似つかわしくないしゃべり方に、さっきまで期待と恐怖で思考がいっぱいだった三人は見事に肩透かしを食らっていた。


「・・・」

「・・・」

「・・・」

「なんだいきなり来て黙ったままで、依頼に来たんじゃないのか?」

「はっ! す、すいません。えっとちょっと相談したいことが…」

 

 春樹が我に返り、経緯を説明しようと口を開いたところで何かが彼の横をすごいスピードで通り過ぎる。


「かわいい~!」

「な、なんだいきなり! こら抱きつくな~!」

 

 その何かはすぐに分かった。乙葉が白衣の少女に抱きついたのである。


「乙葉! ちょ、何やってんの!」

 

 友雪が慌てて引きはがしにかかる。


「だって見てよ! 私より背の小さい子なんて初めてなんだよ?それにこの中学生でも通りそうなこの顔! 妹にしたい可愛さだよ~!」

 

 理由になっていない理由を口にしながら、乙葉は少女に頬ずりしている。


「誰が妹だ! 私はお前たちより年上! 先輩だ!」

「え、先輩?」

 

 乙葉の暴走を止めたのは少女の先輩発言だった。


「そうだ、さっさと放せ!」

 

 そう言い、少女は強引に乙葉を引きはがす。「あ~…」という名残惜しそうな声が聞こえてくるが全員無視している。春樹はふと頭の隅に引っかかりを覚える。


「あれ、俺たち学年言いましたっけ? 同学年かもしれないのになんで年下だと分かるんですか?」

 

 彼が引っ掛かったのはそこである。状況から見て、少女が1年ではない事は明らかだろう。

 

 しかし、だからと言って自分が先輩であることは限らない。もし仮に彼女が最高学年である3年でも目の前にいる春樹達が同学年である可能性も十分にあり得るからだ。だがこの少女は自らが先輩だと断定していた。


「あ? 簡単だ。その学校指定の鞄。汚れが少なすぎるし取っ手とその繋ぎ目が少しもほつれていない。それが三人全員だ、これで新しく買いなおした線も消える、3人揃って同じタイミングに買い替える事はまずないだろ。制服にしたって見るからに新品で着こなしも定通り、初々しさが消えていない。推理するまでもなく一年だろ。」

 

 中々の長台詞を淡々と告げる少女に戸惑いながらも、正解ですと言わんばかりに順番に名乗っていく。


「は、はい。一年の桜野春樹です」

「同じく一年の九条友雪です」

「文月乙葉です!」

「そうか、私は長月撫子。三年で、この部の部長だ。まぁ他の部員はゼロだがな」

 

 少女の名乗りを受け、春樹は花好きならではの感想を持つ。


(撫子…春から秋まで咲くのに常夏の花とも呼ばれる、ある意味矛盾した花だ、でもこれはこれで)


「ある意味では私にぴったりの名前か?」

「え、な、何で」

 

 撫子に思っていた先を見事に言い当てられ、春樹は動揺を隠せずにいる。

 

 すると撫子は不敵な笑みを浮かべ


「分かるさ、花が好きな桜野春樹君」

「待ってください! なんでそんなことまで!」

 

 流石におかしいと反論しようとしたその時、またも元気な乙葉の声に遮られる。


「あ~! 私分かった! 撫子ちゃ…先輩は春君の事が好きなんだ! だから事前に知ってて!」

「…こいつは何をいってるんだ?」

 

 こればかりは撫子も理解不能だったらしい。


「あ~気にしないで下さい。反応するといつまでも続きます。」

 

 考えたら余計に沼に嵌りますと先を促す友雪。

 

 話の腰を折られた撫子は、一度大きく息を吐いて切り替える。


「まっ、事前に知ってたという部分は正解だな。」

「それはどういう?」

「ほら、私の後ろにある窓から見えるのは緑化委員が管理してる花壇だ。お前が世話してるところも見えていたぞ? 男子生徒が緑化委員を選ぶ理由は、大体が花が好きかやりたい役員になれなかった余りで仕方なくのどちらかだ。仕方なくなったやつがにやけながら世話なんかするわけないだろ」

「確かにいつもにやけてるよね~」

「ああ、それはもう気持ち悪いくらいに」

「ま、待ってストップ! なんで依頼に来たのに俺の公開処刑になってるの!?

もう先輩がすごいの分かったから早く本題に行ってくれ!」

 

 友人二人のまさかの相槌に、ついに羞恥に耐えられなくなった春樹が顔を赤くしながら話題を変える。


「そうだった! 実は撫子ちゃ…先輩に聞いてほしい事があって!」

「お前はまだ頭の中で私を年下扱いしてるだろ…」

「え、えへへ…それでですね」

 

 三人は先程の出来事を全て撫子に説明する


「・・ふむ、ほぼ同時に物が無くなるか・・・」

「どうですか、何か分かりそうですか?」

 

 春樹の問いに撫子は待ったをかける。


「まだ受けたわけじゃないぞ。まずは依頼の確認だ。お前たちの依頼はその紛失事件のでいいんだな?」

「はい! そうです!」

 

 期待を込めて乙葉が答え身を乗り出す。


「…なら最初にお前らのクラスの連中に聞き込みだな」

「じゃあ!」

「ああ、この依頼引き受けてやる」

「やった~!」

「あ、行く前に依頼人としてこれに三人の名前書いとけ。」

「は~い!」

 

 撫子から渡された用紙に各々名前を書いていく、それを見て撫子の口角がわずかに上がったのだが、誰もそれには気が付かなかった。

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