奇妙な失くし物

 そして何事もなくいつも通りの日常が過ぎていったのだが、最後の授業、ホームルームを終え、各自帰宅するだけとなった時に異変は起きた。


「あれ? おかしいな、確かにここに入れたんだけど」

「友雪、なにしてんの?」

 

 背後からの友人の声に、机や筆箱を探りながら友雪は答える。


「俺の赤ペンが無くなってるんだよ、今使おうと思ってみたらなくてな。午前中はあったの

に…」

「どっかで落としたか忘れてきた?」

「まじか~! はぁ…」

 

 ガクッと肩を落とした姿に春樹は友人として茶化すか慰めるかの選択を迫られる。


「お気に入りだったのか?」

「いや? コンビニに売ってる100円のやつ」

「なんだ、じゃあ帰りに買って行けよ。どうせいつものところに寄っていくだろ」

 

 けろっと態度を変る友雪に呆れながら、投げやりに返答する。


 友雪は恐らくツッコミ待ちだが、春樹はここでツッコむと負けた気がするという理由であえてツッコまない。


「しゃあない、そうするか」

「ちょいとお待ちよ、お二人さん!」

 

 突然の妙に芝居がかった声が、話題を終わらせようとする二人を許さなかった。


「な、なんだいきなり」

 

 声の主は言うまでもなく乙葉である。声をかけられた二人は、今までの経験から全く同じ感情を抱いていた。『嫌な予感がする』と。


「話は聞かせてもらったよ、事件の匂いがするね」

「お、乙葉?」

 

 どこにどんな質問をぶつけたらいいのかが分からずにいる春樹の動揺を華麗に無視し、乙葉の三文芝居は続いていく。


「この事件の真相、知りたくはないかい? お二人さん」

「友雪、これは・・・」

「ああ、たぶん探偵か刑事のつもりだろうな。」

 

 掛けてもいない眼鏡を指でくいっと上げ、これまた生えてもいない髭をいじりながらどや顔を決める乙葉。どうやら芝居を押し通すつもりである。


「どうかね二人とも!」

「どうかねと言われても、どうせどっかに落としたとかそんなだし」

 

 春樹の当然ともいえる答えに、友雪も賛同する。


「また買えばいいしな、100円くらい…」

「あまい!あまいよ、二人とも! おばあちゃんが作る卵焼きくらい甘いよ!」

「あ、乙葉の好きなやつじゃん」

「うん、あれ好き~! マヨネーズつけて食べるのか一番…ってそうじゃなくて!」

 

 目の前で起こる幼馴染み二人によるコントにお腹いっぱいの春樹は、思わず自分から話を戻す。


「事件でしょ、これのどこが事件なの?」

「そうそれ! 実はね」

 

 ブレブレだった演技を諦めたのかそれとも飽きたのか、素に戻って話し出す乙葉。どこかから「あ、もう普通に話すのね」という春樹の声が聞こえてきた気がするが、本人曰く都合の悪い事は聞こえなくなる体質である。


「実は、物を無くしたの友君だけじゃないんだよ。他にも何人かいるの」

「他にもってこのクラス?」

「そう、しかもほぼ同時に!」

「偶然だろ? 落とし物とか無くしものってそれこそ学校ではあるあるじゃん?」

「でもほぼ同時に複数の人の物が無くなるなんてある? しかもこのクラスだけ!」

「まあ、確かに不思議ではあるけど・・」

 

 友雪と乙葉の会話が平行線になりそうになったところで春樹が助け舟を出す。


「ちなみに他の人は何失くしたの?」

「えっとね、予備の消しゴムとかシャーペンの芯とか緑のペンとか紫のペンとか授業中に消しカスで作った練り消しとか・・」

 

 他には…と続けようとする乙葉をたまらず友雪が遮る。


「待て待て待て! どんどんどうでもいいものになっていってるぞ!? 最後の練り

消しとかもう失くしものじゃなくでただのゴミだから!」

「あ、ちなみに紫のペン私ね」

「お前かい! 緑は分からんでもないが、紫なんていらんだろ!」

「なぁ! いるもん! たまにめっちゃ色分けして板書する先生いるじゃん!」

「いるけども! 教室に色がないからマイチョーク持参する先生いるけども!」

 

 勝手に始まる夫婦漫才に、もうさっさと付き合わないかな~と内心思いつつ、春樹はそっと会話を修正する。


「なぁ乙葉、普通の失くし方じゃないのは分かったけど、何でなのかは分かったの?」

「ううん、全然」

「…よくさっきどや顔で登場出来たな……」

 

 ツッコミに疲れたのか、友雪は完全に机に体を預けてしまっている。

 

 それでも、ふふんと胸を張る乙葉。どうやら本当の目的は他にあるようで……


「それでね、探偵部に行ってみようと思って!」

「…探偵部?」

 

 疲れている友人の代わりに、共通して疑問を抱いたであろう単語を春樹が聞き返す。


「そう! この学校はマンモス校でしょ? 校風も生徒の自主性を~って感じだからいろんな部活があるんだよ。お料理研究部にオカルト部に手品部、UFOキャッチャー研究部って言うのもあるみたい」

「なんだその部活…んで、探偵部って言うのもあると」

「まあほとんど知られてないから、七不思議みたいになってるけどね」


 ここで、復活した友雪も会話に混ざる。


「ってか、何でそんなの知ってるんだよ」

「入学した時のパンフレットでちらっと見た事があってさっき先生に聞いたら、あるよ~って」

「七不思議がそんな軽く解決したのか…で、その探偵部は何するところなんだ?」

「その名の通り、校内で起きた不思議な出来事とか探し物とかを解決してくれる…んじゃない?」

「そこ曖昧なのか」

「…てへ?」

 

 わざとらしく首をかしげる乙葉になのか、ツッコミたいが不覚にもかわいいと思ってしまった自分になのか曖昧なため息をつきつつ友雪は立ち上がる。


「はぁ…じゃあ行くか、その様子じゃあ場所は分かってるんだろ?」

「うん、もちろん! ちゃんと聞いてきたよ!」

「え、何で急に行く気になったんだよ」

 

 友雪の急な変化に、春樹はその理由を見出せないでいる。


「お前も知ってるだろ? 乙葉は昔からこうなったら誰も止められん」

「あ~・・・なるほど」

「こうなったら最後まで付き合うしかないだろ」

「だな」

 

 乙葉は二人の了承を得たと解釈し、冒険に出かける主人公よろしく腕を振り上げて見せる。


「じゃあ早速、探偵部にレッツゴー!」

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