憂鬱な授業
季節は春。四月中旬に入り、新生活に心を躍らせていた人もそうでない人もどこか自分の置かれた環境に慣れ始めた頃。席に座った途端に盛大なため息をつく少年が一人。
「はぁ~……憂鬱だ」
桜野春樹。この春から甲陽高校に通う新入生で、アニメと花が好きな普通の高校生である。春の暖かな日差しに照らされた教室でこの世の終わりかのような表情でうなだれる春樹。その温度差に蜃気楼が見えそうな気さえしてくる。そこにその温度差を気にも留めない陽気な声がかかる。
「よっ、春樹! 朝っぱらから何て顔してんだよ」
「ああ、友雪かおはよう」
声をかけたのは九条友雪。春樹とは中学の同級生で、親友である。
「おはようさん。んで? なんでそんなもえるごみの日にごみを出し忘れたみたいな顔してんだ?」
「分かるだろ? 今日の2時間目」
「2時間目? ああ、美術か」
友雪はなるほど、と苦笑交じりに納得する。
「俺はアニメの作画とかそういうのを見る専門なんだよ。下手だと分かっててなぜ見るに絶えない絵を量産しなくちゃならないんだ」
察しのいい方ならお気づきでしょうが、春樹の描く絵はとてもへ……前衛的なのである。
「おうおう、中学から美術の評価オール2のやつは言うことが違いますね~」
「お前だって絵心ある方じゃないだろ」
余裕を見せる友人に、恨めしいと上目遣いで抗議の視線を送る春樹。
「まあそうだけどな、けど今回はペアになってクロッキー帳に互いの似顔絵を書くだけ。んで、春樹のペアは俺なんだからそこまで嫌な顔する必要ないだろ? 交換するわけでも提出する訳でもないしな」
「それだけが救いだよ、正直相手がお前じゃなかったら休もうかと思ってた」
「そこまでか…」
呆れる友人をよそに春樹はどこか遠くを見ながら
「ああ…早く帰って花の世話とアニメ見たい……」
「ほんと花好きだな~、中学に続いて高校でも緑化委員だし…あ」
何かを思い出した友雪が話を戻す。
「そういやぁ、美術で正にお前なら卒倒案件のペアがいたな」
「近藤と三好さんだろ? ちょうど人数の関係で男女のペアになったって」
「そ、まあ学校ではよくある話だろ?」
体育などにおける『二人組作って』と同様にまだ知り合って間もない異性との強制ペア作りイベントは、人見知りの春樹にとっては正しく卒倒案件である。
その状況を想像し、春樹が青くなっていると様々な会話が飛び交う教室でも、一段と明るい声が二人に近づく。
「おっはよ~二人とも!なになに、なんの話? というか何で春君は青ざめてるの」
「ああ、乙葉。おはよう。…ちょっと妄想が思ったよりキツくてね」
「ま、まさか春君と友君で禁断の逃避行の妄想があまりにも過酷で…!」
「違うよ! 乙葉には俺たちがどういう風に見えてるの!?」
テンションが落ちに落ちた春樹でも思わずツッコんだ相手は文月乙葉。二人と同じ中学で友雪とは幼稚園からの幼馴染。いつも明るい彼女の性格は、自然と周りを笑顔にするが、時折面倒事に頭からダイブする所が玉に瑕である。
「おはよう。乙葉には無縁な陰キャ特有の学校あるあるの話してたところだよ」
「あるある?」
「ほら、美術のペアで1組だけ男女だろ? それで、春樹には絶対無理だって言ってたんだ」
名指しされた当人はすかさず反論を試みる。
「いやいや、入学したてで普通気まずいだろ! あの二人だってそうに決まってる!」
自分だけがおかしいわけじゃないと必死に主張する春樹。
人見知りは誰にでも言える事で恥じる事じゃないしその人が人見知りかどうかなんて分かりようがない。そう思ってはいるものの、反論が来るだろう事は長年付き合いのある春樹には想定内だ。しかし、返って来たのは斜め上の回答だった。
「ん~、近藤君はともかく三好さんはそうでもないんじゃないかな」
「? なんでだ?」
横で聞いていた友雪が素直な疑問を投げかける。
「秘密だよ~♪ まったく友くんは乙女心が分かってないね~」
「ほんとだよな~」
これ幸いと、イジリの対象が友雪に切り替わったタイミングで春樹も便乗する…が
「おい春樹、お前は絶対分かってないだろ!」
「そんなことないぞ?」
「嘘つけ! ならその面白いくらいに泳ぎ回ってる目はなんだ!」
覗き込まれた春樹の目は確かに、いつか見た水族館のマグロの様に止まることなく元気に泳いでいる。
「いやね、これでも1つ確実に分かることもあるんだぞ?」
「な、なんだよ」
反撃の機会を得たマグロ、もとい春樹はにやりと口角を上げ
「お前は中学の頃からずっと乙葉の事が好…」
「おおっと春樹!今日でその美術の課題も終わりだからな! お互い気合い入れて描こうぜ!」
好きな人をバラされそうになって焦る。これこそ青春のあるあるだろう。そして例によって、乙葉はよく聞き取れなかったようで
「あれ、今私の名前言わなかった?」
「言ってない! 言ってないぞ?」
「え、でも」
「あ、あそこだろ? ほら乙葉の事呼んでるぞ?」
運よく乙葉を呼ぶ女子グループを見つけ、その唯一の逃げ道に内心全力で追いすがる。
「ああ、ほんとだ。は~い!」
「いってら~あはは…お前、やりやがったな」
「俺には何の事だかさっぱり~」
睨む友雪の視線を躱しながら白を切る春樹に対し、睨んだ本人は肩を震わせながら捨て台詞ともとれる言葉で宣言する。
「覚えてろよ、お前に好きな奴が出来たら絶対お節介焼いてやるからな!」
「…それは脅しなのか? でもそんなに隠す必要あるか?」
「はぁ~、お前にも好きな人が出来たら分かるさ」
経験のない奴には分からないだろうとため息交じりに説明を諦めたところで、チャイムがなる。それとほぼ同時に、教室のドアが開きこれから幾度も聞くことになるだろう担任の声がクラス内に響く。
「お前ら、席につけよ~」
「っと、じゃあまたな」
「ああ」
各々が机に座り、ホームルームが始まる。
「え~、今日は昼休みの後に全校集会があるから忘れるなよ? 体育館に集合だからな。それから…」
春樹は担任の声を聞き流しながら、先程の会話を思い出す。
「好きな人、ねぇ~…」
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