第3話 sensyu-raku

 あたい、女優になる。

 そう、あたいは小さな劇場でポップコーンをかっ食らいながら、目の前で繰り広げられる恋の千秋楽に心をときめかせていた。

 不治の病に苦しむ余命幾ばくもないヒロインに翻弄され、時には傷つき、時には迷う主人公は決心する。

 彼女と共に生き、人を愛せる人間になろう。


 あたいは、最早追いポップコーンどころではなくなっていた。今日一大きなすかしっぺをこっそり映画館にまき散らし、そのガスの濃度で軽めの騒動が起きているさなか、アタイは淑女のように映画館を後にした。


 女優になるには度すればいいのか、アタイなりに事案した結果たどり着いたのは演技力の強化だ。

 そう大きな志と日に日に増していく食欲という罪深きアタイの魅力を心に宿したその日から、アタイは女優になっていた。

「み、三好さん……。もしかして今日のお弁当のおかずはあまりお気に召さなかったでしょうか?」

 高校の屋上ったらまさにあの映画のワンシーンに出てきた印象的な場所。そんな場所でアタイはいつもいじめっ子から警護してやっている同じクラスの根暗眼鏡(悪口)と一緒にお弁当を広げていた。

 根暗眼鏡(悪口)は女優として新たな魅力を開花してしまったアタイと一緒に食事がとれるのがそんなにうれしいのか、目に涙を浮かべ、体全身を震わせて喜びを体の内からアタイに教えてくれている。

 アタイ、自分の才能が少しだけ怖い。

「ううん。少しだけ、心が落ち着かなくって」アタイは自分が持ちうるすべての表情菌を総動員して、過去一番の笑顔をこのさえない根暗眼鏡(悪口)に向けてあげる。

 こんな根暗眼鏡(悪口)に過去一番の笑顔をくれてやろうと明日になってしまえば、それはもう過去の物。明日には明日の過去最高がアタイにはあるからなんの心配もいらない。

「き、昨日もそうだったじゃないですかっ。も、もももももしかして最近ギャートルズ焼きを持ってこれないからですか? か、勘弁してくださいよぉ……三好さんが狩ってきたシカを僕が解体するって、山奥でやらないと変人みたいに扱われるの僕なんですからね」

 シカのギャートルズ焼き……。香ばしい獣肉の焼いたにおいと香辛料。口の中に入れた瞬間脂身どころか骨すら溶けてしまう罪深い料理……。

 想像が体を動かして、気づけばアタイの口はだらしなく開いていて、垂れた唾液がアタイの掌の近くに落ちて、焦げ臭い煙を放つ。

「大丈夫だって。少しだけ千秋楽が近づいているだけで、みかじめ料がちゃっちくなったからってとって食おうってわけじゃないんだからさ♪」

「せ、千秋楽??」

 そっか。まだおこちゃまの根暗眼鏡(悪口)には千秋楽を察する能力はまだないのか。千秋楽とはいったい何なのか。それはもはや野生の勘で嗅ぎ分ける力士の発情期のようなもの。だからおこちゃま童貞の根暗眼鏡には程遠い関係のない話。

「ううん。なんでもないの。それより何? アタイに話って」

「え? は、話ですか」

 おいおい。こんなチャンスめったにないゾ♪ 

 華の十代の現役JKとこんな晴天の真下お弁当まで食べれて、君はこの世界の誰よりも今青春を謳歌しているんだからお弁当なんて食べてないでアタイをいっそ食べちゃえ♪  

 なんて、根暗眼鏡(悪口)にそんな度胸もないはず。

 落胆なんてしてられないじゃないアタイ。

 そんな表情、スクリーンでアタイの演技に涙するはずの来場している観客が望んでいるはずがない。女優失格よ。

 ……。あたい、もしかしてもう千秋楽なのかもしれない。こんな地味な根暗眼鏡(悪口)に。だとしたらそれはこの青空に一つだけ浮かんで、アタイを生姜焼きにでもするかのような熱視線を注ぐ真夏の太陽のせい……。

「財布君いるー?」

 アタイの背後でドアが蹴破られ、その拍子で地味眼鏡(悪口)は箸を落としてしまう。

「……み、みみみみみみ三好さんっ」

「……わかってる。後方20メートル。3人。一人は骨がありそうなアタイ好みのガチムチタイプのいい男。その他二名は戦闘力たったの5のごみクズ。こんなんじゃ腹の足しにもならないわ」

「食べる気なんですか?」

「ほんとに食べてどうすんの? もぅ、地味眼鏡(悪口)はほんと脳みそまでモヤシなんだから……。ま、そんなところもアタイは好きなんだけどさ」

「え……?」

「アタイの狩猟本能はアフター5からが勝負なのよ」

 さぁ、ここからはアクション映画でいくわよ♪

 アタイはマイ箸(純鉄製)にまとわりついた最後のご飯粒を舌でなめとり、立ち上がる。まだ的はこちらに走ってくるような気配はない。

 伸びをする振りをして、思いっきり箸(純鉄製)を青空に突き刺さるくらい放り投げる。

「地味眼鏡(悪口)。もしアタイがあの戦闘力たったの5のごみクズを吹っ飛ばしたら……。そしたら、さ」

「んだあのドラえもんは!? 俺らの事コケにしたのか?」

「財布君のおホモ達かな……?」

「馬鹿、お前らあいつにはかかわるな!」

 ほう、さすがはガチムチ。アタイを知って向かってこないとは……。だが。

 アタイに向かうドラゴンボールの農夫二人にアタイは気合一発……で出てしまった秘儀猫騙し(放屁)で目を潰す。

「ま、前がみえねぇ!?」

「目が、めがぁっ」

「人を背後から襲うなど、悪人の風上にも置けんわ。……先手必勝!!奥義双突!!」

 空を切るアタイの両の腕が、チンピラ2匹を完全にとらえ、そのまま張り手を叩きこむ。

 内臓のつぶれる音、骨が柔らかく折れる音。叫び、嘆き。

 地味眼鏡(悪口)に対する謝罪を口にする者なんていない。

 あるのはただ……。

「そいつはうちの高校でなぜか昔からある女子相撲部のキャプテン……。肥満の……」

 吹っ飛んだチンピラは、ガチムチの両脇の壁に向かって吹き飛んだ。同時に、マイ箸(純鉄製)も。

 がっ!!!!!

 突き刺さったマイ箸(純鉄製)に驚くガチムチ。

「誰が財布君じゃワレ……! アタイの大事な冷蔵庫君に何するつもりじゃ!! 食うぞコラ!!!」

 目の前の3人と、アタイの思い描くギャートルズ焼きのシルエットが完全に一致していた。垂れ流しのアタイの汁がアスファルトを容易に溶かしていく。

「ひっ」という言葉を残して、チンピラ3人が卒倒したのはいいのだけれど……。

「ほら、やっつけてあげたよ? 例の約束の事覚えて……」

 振り向いたアタイの視界からいるはずの肉塊の姿が見当たらなかった。

 逃げたのか……。まぁいい。上級の豚肉は、広い環境でストレスなく育てた豚の事らしいじゃないか。

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