第2話 隣のクラスの千秋楽
アタイの通う高校は基本的に私服でいい。
自由がわが校のモットーらしい。なのでアタイはお昼時間には必ず校庭でちゃんこを作る。
ちなみにアタイの私服。夏はふんどしとシャネルの15番だ。警察にも何度か職質されたけど、そんなもんアタイの進路を妨げる問題になることではない。アタイの道はアタイが決める。生き方も、ちゃんこの具材も。服装も。
ちなみにこのちゃんこは何も自分用ではない。もちろんそういうときもあるけど、何もこんな埃かぶった飯を自分で食べなくても。これはあくまで個人売買のための飯のタネ。売って売って売りまくり、後々国技館の下の焼鳥屋の隣にアタイの家を作る。そのための資金をこうして律義に正攻法で稼いでいるというわけだ。アタイ、やっぱり賢い。
そしてこの匂いに釣られてやってくるカラスさえも、アタイの夕飯に変わるってんだからエド・スタッフォードも真っ青だ。もしエドに会うことになったら多分秒でアタイの腹に納まることになるけどね♪
そうこうしている間にアタイのスペシャルちゃんこが出来上がる。
煮込むこと5時間。豚足とマヨネーズとサラダ脂とネギと人参と羊肉とラー油少々と雀とケチャップ。あと忘れてはいけない後乗せちゃんことくせになっちゃう秘密の粉♪
男子には後乗せちゃんこって結局量が増えてるだけでなんにも変わんねーじゃねーかだなんて言っているけど、そんなもん秘密の粉でリカバリー♪
ただ、末端価格がやすくないってのがちょっとね。あ、余計なこと考えているとまたお回りにへんな目で見られちゃう。あいつら事務的に仕事する脳しかないくせにこういう時は情報早いからなー。
立ち込める紫色の煙。スパイシーでエキゾチックなその匂いに空飛ぶトンビも思わず地上に落ちてくる。ぽたりぽたりと。こうすることでアタイは材料になる雀の天敵を減らすと同時に、雀の繁殖数を確実に増やしていく。
そしてやってくる戦場の時間。
そう、今まさにお昼を知らせる学校のゴングが鳴り響いたのだ。同時に恋に部活に悩みを抱えてろくに眠れない学生諸君がゾンビのような足取りで校舎から出てくる。
アタイは鍋をかき混ぜるその手を休めて、臨戦態勢に入る。
昨日は一杯あたりが1300円か……、今日くらいから少し値上げしても買ってくれるだろう。
鍋の小脇に置いておいた立て看板「メイド喫茶どすこい臨時店舗」は店長は知らないからここで儲けさえすればすべての利益はアタイのものになり、店のイメージアップにもつながる。アタイは今日も負けるわけにはいかない。アタイの野望のため、店に貢献するため。
「……き、昨日より値段が」
「うるせぇ、昨日は昨日。今日は今日なんだよ。そんなにいやなら余所行きな。はい次」
「そ、そんなぁ……」
アタイは慣れた手つきで客をこなしていく。この時期夏場だからといってマスクをしないわけにはいかない。これも客商売。お客さん第一に考えて営業しなくちゃ。
「僕も一杯だけもらおうかな……」
「あらご新規さん? こんな暑いのにマスクなんてしちゃって。大丈夫よアタイ、昔から拾い食いしてるからおなか強いの。そんなコロナ程度の毒性じゃお腹すら下さないわ」いいながら親切なアタイはマスクを取ってあげようとする。
「いや、でもこれはしておきたいんだ。どうしても」
「そんなこといってないで早いとこ取りなさいよ。うちのちゃんこよそのと違って匂いからくせになるから」なんて少しだけ口が滑ったけど気づいてないだろうし関係ないよね♪
マスクをむしり取ってあげるとほらね、アタイの予想通り目がとろんととろける様な甘い視線に変わっていくぁっ。
同時に、アタイ。恋をしていた。うかつにも、こんなガキんちょに。
うかつにも、マスク越しにひゅっと音を立てて呼吸をしてしまった。
「うぇっほっ。う、うぇっほ!」
「大丈夫? なんか咳、すごいですけりょ……?」
「うるさい! いや、なんでもないの……。ただ少しだけ疲れちゃったかな……。千秋楽も近いし」
目の前の色白のガキんちょの向こうでは猛者どもが咆哮のごとき雄たけびを上げている。騒ぎになると面倒だ。こんどからあの粉について少し考えなくてはなるまい。
「あなたは特別。今日だけ無料でいいわ」
「え……」
ガキんちょは間抜けにもどんぶりを抱えたままよだれを垂らした卑しい表情でアタイを見る。でも、いいの。アタイの料理に舌鼓を打ってくれるのなら。そして今度から値上げした分のお金を払ってくれるのならそれで……。
「気遣ってくれたお礼よ。ただ、できるだけ早く病院に行ったほうがいいわ。あと、もう……」
「もう?」
「ううん、なんでもない。また次もよろしくね」
アタイの夢のため、アタイの野望のための信者なんていくらいても腐りはしないのだから。
アタイは心を鬼にして彼を見送る。
……できればもう二度とここには来ないで。お願い。
そんな願いを込めながら。
「もっとぉ、金ならやるから……。お願いだかりゃ……、もう少しだけくれぇ……ぇ……」
「うるさい。アンタいい加減にしないと警察呼ぶよ? いいにょ!?」
アタイとしたことが少しだけこの料理の瘴気をすってしまったらしい。
この世の中に恋に効く薬があればアタイはどんな病院にでも行ってやる。そしてこの恋の病が、世界中に広まって、ついでにアタイの懐も温まってくれればいいのに。
そう願いながらアタイはこの惚れ薬も兼ねたちゃんこを売っている。
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