第4話 素敵な出会い
昨日の疲れからか僕らは長く寝てしまい、宿屋で遅めの朝食をとりながら今日の作戦会議を始めた。
「エルガシア集会所に行って仕事を見つけるのは確定だが、どんな仕事を受けるかはある程度決めとかないとな」
「そうだね、お金なら幸いまだ何日か持ちそうだから報酬だけで決めるのはもったいないよね」
「どんな学びや体験ができるかっていう目線で見ていきたいよな」
僕らはあの閉鎖的な国で生まれ育ってきた。気づかぬうちに何か粗相をして問題を起こさないためにもこの国の常識、ひいてはこの世界の常識を学べるような仕事が好ましいかな。
「国の依頼ではなく一般の方々の依頼から始めて、この国のことを教えてもらおう」
「そっからだな。よし、それじゃ向かうか」
宿屋の店主にお礼を告げ、エルガシア集会所に向かう。集会所は国の中でも発展している区画にあり、その道中の人通りはかなり多い。
「この中に
「そのへんのことも聞けるといいな」
そうこうしているうちに集会所へ着いた。周りの景観とは異なり、どこか古風な印象を受ける佇まいだった。
中へ入ると正面にカウンターがあり、左右には身長の半分程度の高さの端末が立ち並んでいた。依頼を探しに来ている人は筋肉の塊のような大男から、可憐な女性まで様々だ。
まずはカウンターでここの施設の使い方を教えてもらおう。
「すみません、僕たちここを利用するのは初めてでして、仕事の受け方など教えていただいてもよろしいですか」
「かしこまりました。こちらカウンターの左右にございます端末から今登録されている依頼が確認できます。こちらにある依頼は条件にそぐわなくても受注することは可能ですが、受けた依頼の達成率はデータとして残ります。そのため、あまりに達成率が低いと依頼の受注を拒否されることがございますので、お仕事を受ける際は内容をしっかり確認して無理のないようにお願いします」
「なるほどな。ケノス、さっそく見に行こうぜ」
「うん」
ちょうど手近にあった端末が空いたので依頼の一覧を表示してみる。すると1万件を超える依頼が出てきた。さすがに一つ一つを確認するわけにはいかないので検索を絞ってみる。実績問わず、危険度低め等々条件を追加すると200件ほどまで絞れた。
「んー、国周辺の
「人と絡みやすい依頼がいいな」
しばらく指を滑らせて画面をスクロールしていると気になる依頼があった。
「魔法研究の補佐、依頼内容は身の回りの世話?」
「ケノス、報酬金の額がおかしいんだが」
「んぇあ!? こんなにもらったら家が買えるよ!」
ここにある依頼は一度精査されて掲載されているものだから間違いはないと思うが……。
と、僕らが騒いでいると後ろから声を掛けられた。
「あー、お前さん方新人か?」
「え、はい」
声を掛けてきたのはこの集会所に入ったときに見えた筋肉男だった。
「その依頼はおすすめしないぜ。結構前から掲載されてるけどよ、だれも達成できていないんだよ」
「そうなんですか。身の回りの世話って具体的に何をするんだろ……」
「受けた奴の話によれば部屋の掃除から超危険な場所にある素材採取までやらされた挙句、報酬が支払われるのは依頼主の研究がうまくいったときだからそいつ次第らしいぞ」
「あ、本当だ。依頼主のコメントの欄に報酬は魔法の完成時になりますって書いてある」
「まずは適当な依頼から始めて、傭兵としての信頼を上げるのをおすすめするぜ」
そう言って筋肉男は集会所を後にしていった。確かに彼が言う通り破格な報酬であっても達成できなければ意味がない。僕らは報酬が主目的ではないとは言え、無報酬で働き続けるわけにはいかないな。
「イダン、まずは彼が行ってくれたように手ごろな依頼から始めて――」
「おいケノス、これ受けようぜ」
「さっきの話聞いてた?」
「まあ待てよ。依頼は一つしか受けられないわけじゃないだろ。それにこの依頼主は研究者、それも魔法のだ。彼の知識に触れることができるのは大きな利益にならないか」
「確かにそうだけど……」
イダンの言葉は頷けるものだ。しかし依頼内容が曖昧であることは気になってしまう。先の男が言っていたように危険な依頼もあるようだ。
「達成率を賭ける価値はあると思うぜ」
「そう、だね。よし受けよう」
僕らには難しいと感じれば依頼破棄をしよう。依頼達成率を気にするあまり、チャンスを逃してしまうのは思わしくない。あれこれ言い訳を考えて結局行動しないのは僕の悪い癖だ。ここはぶつかってみよう。
依頼の受領は簡単に済み、依頼主が待っているという研究所へ向かうことになった。
「ここだね」
「でっか」
見渡す限りすべてが研究所の敷地らしいその景観は僕らの語彙を奪った。ここに勤めている研究者ともあれば、あの報酬金にも納得できる。
「えっと、たしか3階の204研究室だったね」
研究室の扉を2回ノックするとバタバタと物音がしてから、どうぞと声が聞こえた。
「失礼します」
扉を開けると床に資料が散乱していた。舞ったほこりの中から現れたのは美しい白の髪に深紅の瞳を持つ少女。白衣を着ていることもあって全体的に真っ白だ。
「はじめまして。私はソフィス」
「あ、はじめまして。ケノスです」
「イダンだ。よろしく」
僕ら二人とも依頼主は気難しそうなおじさんかと思っていたから呆気に取られていた。そんな僕らを気にせずソフィスは続けた。
「私の依頼はその時々で変わるからよろしく。報酬は書いていたとおり私の目指す魔法が完成したとき」
「了解。依頼は全力でやらせてもらう。ただお願いがあるんだけど君の知識をわけてくれないか? 俺らはティフィロスの出身で外の事情をほとんど知らないんだ」
イダンが急に出身国を言うものだから驚いてしまった。他国にとって僕らの国は警戒すべき国であるはずだが、その言葉を受けてもフィロスは表情一つ変えなかった。
「いいよ。じゃあ今から質問会としようか。頼みたい仕事もないし」
「え、いいんですか」
「うん」
ソフィスは常に余裕を持っているような雰囲気を感じさせた。年齢は僕らより若いように見えるが、与える印象は大人のそれだ。
「えっと、じゃあまずはソフィスさんがされている研究について教えていただけますか?」
「そんなかしこまらないでいいよ。えっと、私の研究についてだね。私が目指しているのは神々の魔法の実現だ」
「神々の……。想像がつかないな」
「生命の創造、大地の形成、自然の繁茂。彼らが使った魔法は奇跡と呼ぶにふさわしいものだ。それらを人の身で再現するには莫大な魔素やこの世界を構成する要素、その中でも魔素に関する理解が必要だ。神々の魔法は長い間研究対象として多くの研究者が取り組んできた。だが世界の開闢以来、人が神となりえた記録はない。私は神になりたいわけではないが、彼らの力は私にとって芸術だ。他の芸術家が神々を絵画や彫刻を用いて表現したように、私は魔法をもって彼ら力の美しさ、強さを示したい」
そう語るソフィスは最初の落ち着いた印象とは異なり、年相応の可愛らしい少女であった。彼女の魔法に対する思い入れは相当なものであろう。
「そもそもなんだが魔法について教えてもらえないか。俺は魔法に関しての知識は偏ってるし、ケノスも自信ないみたいだしな」
「ではまず基本的なところから。私たちが呼ぶ魔法というものは元をただせば神々の魔法の模倣だ。彼らの力は自身が持つ魔素だけで規格外の効果を顕現させる。人や
まず、低位と位置付けられる魔法は体の魔法回路で自身の魔素のエネルギーを任意の形に変換して出力するものだ。この一連の流れは神々のそれに近いが、人が持つ魔素の量は彼らと比べて圧倒的に少ないため、得られる効果は薄い。
次に高位の魔法だが、これは空間に魔素を用いて魔法式を立式する。魔法式によって少ない魔素で大きなエネルギーを扱うことを可能とし、より強大な魔法を使うことが出来る。だが万能ではない。魔法式は扱う魔素の量に比例して大きくなり、より繊細な操作が求められる。魔素が大量に用意できるなら話は別だけど、現実的ではないね」
そう言いながらもソフィスは簡単そうに魔法式を立てた。淡い赤色の魔法式は暖かい光を放ち、解けていくと研究室の床一面を花畑にして見せた。
「きれい……。魔法ってこういうこともできるんだ」
「理論上、魔法にできないことはないよ。でもそれは無限に魔素を用意できればの話だ。実際、人に流れる魔素は微々たるものだし、空間に存在する魔素も限りがあるからね」
「だから神々の魔法を再現することが難しいんだな。それでもソフィスが実現しようとしている魔法ってのはどんなものなんだ?」
「――戦争を終わらせる魔法だよ」
彼女の表情に変化はないように見えた。だが纏う雰囲気はどこか怒りを感じさせるものがあった。思わず目を逸らしてしまった僕の隣でイダンは一つの疑問を挙げた。
「そもそもなんで戦争なんかしてるんだ?」
「僕が習った限りだと、領土の拡大や資源の確保が目的だったはずだよ」
少なくとも僕らの国ではそう習う。そしてそれは当たり前に受け入れられる。それが真実であろうとなかろうと多くの国民にとっては些細なことであるからだ。
「ふむ。次は歴史の授業といこうか。テーマは大戦の始まりと、その勝利条件について」
そう言うと彼女は研究室のプロジェクターを起動させた。スクリーンに映し出されたのは人や神が争っている様子を描いた、禍々しくも美しい絵画だった。
「歴史は千年遡る。この頃から人は神を中心として国が興り、争い始めた。理由は定かではないが、先にケノスが言ったような理由もあったのだろう。苛烈を極めるその争いのなかで一つの噂が流れ出した」
「噂?」
ソフィスがスクリーンに映し出された画像を切り替えると別の絵画が表れた。小高い丘に一本の剣が突き刺さっている。その見た目はありふれたもののように見えるが周りにいる人々がその剣に畏怖を抱いているような構図で描かれていた。
「『4つの国の中心に位置する丘に一本の剣がある。この剣は所有者となった者の全ての願いを叶える』と。なんとも創作物のような稚拙な噂だ。しかし、当時の者たちはこれを吐き捨てることは出来なかった」
確かに鼻で笑い飛ばしたくなるような話だ。しかし、それがただの噂ではなく……。
「――もし本当だとしたら」
「そう、もしその眉唾な噂がただ真実であったら。彼らはその可能性を否定しきることは出来なかった。それぞれの陣営がそれぞれの思惑で何年も犠牲を出しながら積み上げてきた歴史を、そんな鉄の剣一本で丸ごとひっくり返されてしまうなど、到底容認できることではない」
「だからといってよ、そんな本当かどうか分かんないことに振り回され続けるわけにもいかないだろ」
「ああ、だがこの件の真偽を確かめるのは難しい。誰かが調査のためその剣を手にした状態でその噂が真であると証明された瞬間、その人物がこの世で最も力を持った存在になりかねない。だからこの調査は誰も剣に関与できない状態で行う必要があった」
「そんなことできるのか?」
ソフィスは再度スクリーンの画像を切り替えた。そこには剣を囲む3柱の神々と3人の人が描かれていた。
「神々と
まあ、そうして彼らは剣について情報を得たわけだ。ここで先に話していた魔法の話を思い出してほしい。魔法に出来ないことはない、と言ったよね」
「うん、でも魔素に限りがある以上は実質限度はあるってことだったよね」
「そう。でも剣はそれを解決してくれるものだった。その鉄の塊には異常なほどの魔素が含まれていることが分かった。さらにそこに含まれている魔素の一部を使用しても、魔素の総量に変化はなかった。つまり、剣の噂を正しく言い換えるなら『剣の所有者の魔法の限界を失くす』になるね」
そう言われると一気に現実味が増してくる。無尽蔵のエネルギーを手にすれば、意のままに世界を動かせるだろう。たとえそれが物心がついたばかりの子供であっても。
「それほどの魔素が一本の剣に収まってるっていまいちピンと来ねえな」
「まあね、私も違和感はある。ただ疑いようもない調査結果を見るに私たちは頷くしかない。
と、まあ長々と話してきたがここからが今の戦争につながる話だ。剣の発見までの世界は様々な理由で戦争が起きたり収まったりを繰り返してきたが、突如現れた万能機を前にすれば、当然彼らはその剣を手に入れることが目標となる。しかしこのままではただの早い者勝ちの勝負になってしまう。そこで神々は自分たちの力をもって剣の周りに結界を張ることとした。この結界を最初に解いた者が剣を手にすることが出来るように」
「その結界ってどうやったら突破できるの?」
「――4柱いる神々の内、3柱が死んだとき」
「それって……」
「そう、これが今行われている戦争の勝利条件」
思わず言葉を失った。この戦争の終わりはそんな悲惨な最期でしか終われないのか。しかしなぜ僕らの国では戦争の背景を正しく説明していないのだろう。ソフィスが嘘を吐いている、またはペリエルギアの常識が現実と乖離しているということもありうるだろう。その事実確認は自分の目でしなければならないことだが、なぜか彼女の話は違和感なく入ってきた。小さい頃に似たような話を聞いたような……。
「なあ、その剣を手にして神様は何をしようとしてんだ?」
「さあね。ただマキナはそんなに興味がなさそうだったよ」
「マキナって……、この国の主神!? ソフィスってマキナ様とどんな関係なの……」
「彼女のことは友達だと思っているよ」
「ソフィスってもしかしてすごい人なの……?」
「かもね。まあ、この辺りで今日は終わりにしようか。本来は顔合わせで呼んだだけだしね。あと、よかったらこの研究室の隣の部屋を自由にしてもらっていいよ。毎日宿屋暮らしじゃお金もかかるだろうし。それじゃ」
そう言ってソフィスは奥の部屋へ入っていった。ほとんど様子の変わらないソフィスとは対照的に僕らは呆気に取られていた。この数時間の間に知ったことは、一度に受け止めるには重かった。
一方で知ることが出来てよかったことであったのは間違いない。正しく世界を見るためには避けては通れない部分であろう。今日知ったことに対して僕はどう向き合っていくべきなのか。それはこの旅で見つけるべき一つのテーマになった。
「なあケノス」
「うん?」
「俺たちってやっぱ知らないことばっかだな」
「そうだね」
「ソフィスに出会えてよかったぜ。この仕事、報酬以上に割のいい仕事かもな」
「うん」
多くは語らず、僕らは隣の部屋で休むことにした。イダンが先の話をどう捉えているかはわからないけど、きっとそれは今確定させることではないのだろう。彼の言う通り、僕らは知らないことばかりだ。それらを拾い集めてからでも遅くはないだろう。
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