第3話 新しい景色

「イダン! 走って!」


「おう!」


 刺客を一人拘束魔法で捕縛した隙に全力で魔装車まそうしゃの元へ駆け出した。


「ケノス! 今更だけど運転できんのか?」


「免許取って以来運転してない……」


「よくこの作戦を提案してきたな!」


「だって……」


「――『ハイバイド』」


「っ!?」


 もうすぐ森から街道に戻れるというところで急に動けなくなった。


「こ、これは……高位の拘束魔法っ」


「俺を捕まえたときの奴じゃねえか!」


 幸い、この魔法を受けたのは僕だけだ。なら、まだ勝機はある。


「イ、イダン……、あたりに……ポノスの……巣はないか」


「――まかせろ!」


 僕の意図を瞬時に理解したイダンはすぐに森の中へ駆け出した。刺客はイダンの動きを止めようと魔法の発動を試みるが、イダンの速さに翻弄されている。


「不意打ちじゃなきゃあたんねえよ!」


 イダンは森の中とは思えないスピードで駆け回っている。相手も身体強化魔法をかけているのか、かなり動きが速い。


(――見つけた、ポノスの巣。あとはあいつをここまで引き付けて……)


 イダンは走るのをやめ、敵の視界から外れるように茂みに身を隠した。


「…………」


 急にイダンを見失った相手は慎重に歩を進めながらあたりを警戒している。


(今ッ!)


 奴をギリギリまで引き付けたイダンは瞬時に茂みを飛び出し、タックルを決めた。


「……ぐっ」


 吹き飛ばされた刺客は土が隆起した柔らかな場所へ落ちたことで衝撃はほとんどなかった。すぐに立ち上がろうと右手を地面に着いた途端、姿勢が保てなくなった。


「へぁ……」


 さっきまで命のやり取りをしていたとは思えない男の気の抜けた声が漏れ、倒れこむ。ちらと目を右手にやるとそこには手首から先がなくなった腕があった。


 キュルルル


 特徴的な鳴き声。群れに敵が表れたことを知らせるポノスの声だ。


 ガアアアア!!


 先の鳴き声を皮切りに巣からおびただしい数のポノスが表れ、倒れこんでいる刺客に嚙みついていく。


「あ……、ぁ……」


 イダンは刺客の掠れゆく声と肉が裂け、骨が砕ける音を背に走り出した。それと同時に僕にかかっていた拘束魔法は崩れ去った。


「ケノス! 急げ、俺らもやられるぞ!」


「お、おう」


 必死に森を抜け街道へ戻り、車の元へたどり着いた。


「よし! はやくだしてくれ」


「あ、あれ……、どこで起動するんだったかな」


「真ん中のボタンじゃねえか!?」


 イダンがボタンを押すとブワーンという起動音とともに、車体に魔素が流れ出した。


「イダン、よくわかったなぁ」


「呑気にしてる場合か! だせ!」


「う、うん。ええと……ペダル4つもあるんだけど、どれがアクセルだっけ」


「わからん! 順番に押せ!」


 ガアアアアアア!!


 ポノスの咆哮が近づいてきている。足音的に10や20じゃきかない数だろう。


「これか!?」


 右端のペダルを思いっきり踏むと凄まじい加速で走り出した。


「いってぇ! 首の筋ピキッていった!」


「ご、ごめん」


 しかしさすがは軍の魔装車まそうしゃだ。みるみるうちにポノスを遠ざけていく。


「はあ……、なんとかなったか」


「だね……。それにしてもイダン、よく僕の言いたいことがわかったね」


「ポノスをけしかけたことか?まあ、真正面から奴らと戦っても勝ち目はないからな。なんたって国防兵だろ?」


「恰好は黒いコートと帽子だったけど、この国で高位の拘束魔法を扱えるのは彼らしかいないからね。もしかしたら、公にはされていない組織かもしれないけど」


「どちらにせよ、フィロスの奴は信用ならねえな。国を出ることを了承してくれたのに」


「あの場ではああ言うしかなかったんじゃない?フィーシ様のお言葉を返すのを躊躇われただろうし」


「そういう感じには見えなかったけどなあ」


「ひとまずはこのままペリエルギアまで街道沿いに行こう」


「だな。しかし車はどうするよ。しっかりティフィロス国章が入ってるけど」


「事前に連絡もなしに国防省の車で乗りこむわけにはいかないしなあ。森を抜け切る前に降りて隠しておこう」


「了解。少し休むわ。付いたら教えて」


「わかった」


 僕らを襲った刺客はやはりフィロスがしかけたものとして考えていいだろう。しかし疑問はある。いくら身体能力が高いといえど、魔法の使えないイダンと低位の魔法しか碌に使えない僕二人を仕留めるなんて簡単なはずなのに。一見さっきの戦いは僕らの策によって勝利したようにも見えるけど、そもそも最初の攻撃の時点で『シオン』ではなく『ハイバイド』を掛けてしまえば後はどうとでもなっただろうに。運転手もいつの間にか消えているし、何を目的としたものだったんだろう。しかし考えても明確な答えは出なさそうだ。今は無事だったことに感謝しよう。

 そんな考えを巡らせている間に日が落ちて、森の終わりが見えた。


「ん……、ああ!」


 急ブレーキをしたせいで隣のイダンはダッシュボードに顔をぶつけていた。


「っおいケノス、お前もう免許返納しろ」


「見て!イダン」


「ん、おお……」


 まだ何キロも離れているはずだがその壮大さはありありと伝わってくる。広大な領土に立ち並ぶ高層ビル。一方では琥珀色に照らし出された工場群が見える。機械の国と呼ばれるペリエルギアは主神であるマキナを中心として興った国だ。機械の体を持ちながら人と遜色のない知能を持つ機械の子マキナペディと人が共存しているらしい。

 僕らはポノスたちを刺激しないよう慎重に車を隠した。


「ここからは歩いていくことになるね」


「それはいいけどよ、俺らって入国許可下りるのか?」


「ティフィロスから来た旅人ではなく、フリーの傭兵として入国審査を受けるつもりだよ」


「それって身分明かさなくてもいいもんなのか?」


「大丈夫。前にフリーの傭兵と仕事をする機会があったんだけど、その人によればアノイトスっていう国以外は傭兵を雇うシステムがあるんだって。その際に確認されることは魔素濃度が基準を超えていないか、過去に犯罪歴がないかだけらしい。あとは持ち物検査をされたらすぐに契約して働けるんだって」


「そんなんでいいのか。そいつが傭兵を装っているスパイだったらどうすんだ」


「それには対策が施されていて、傭兵としての契約時に魔法式で構成された腕輪がつけられるんだけど、その腕輪で着用者の情報を常に監視してるそうだよ。不正に外そうとすれば僕らの国では拘束魔法が展開されて捕まるし、他の国によっては即死するところもあるんだって」


「こえーよ」


「契約違反しない限り大丈夫だよ。さあ、いこう」


 なんて言いながら数十分歩くと検問所に着いた。そこには役員が数人。人ひとり入れるほどの四角い枠が数個並んでいた。

 検問所内に入ろうとすると役員の男性が近づいてきた。


「こちらはペリエルギアの検問所になります。入国される場合は審査にご協力をお願いします」


「よろしくお願いします。僕はケノス、こちらはイダンと申します。フリーの傭兵としてご契約、入国をさせていただきたいのですが」


「承知いたしました。ケノス様、イダン様、こちらへ」


 そう案内されたのは先から見えていた四角い枠組の中であった。


「こちらでお二人のスキャンを行います。少々そのままでお待ちください」


 役員が何やらカチャカチャと端末を操作すると枠の内側が青く発光し、体を外も内も触れられているような不思議な感覚を覚えた。


「お待たせいたしました。お二人とも問題はございません。こちらで契約と腕輪の装着をお願いします」


 設置された端末で契約内容を確認する。その内容の一部に違和感を覚えつつも契約を進め、名前と顔を登録した。その後に役員が持ってきた輪の形をした機械に腕を通すと自動で腕輪が装着された。


「それではお気を付けて」


 役員に見送られながら入国を果たす。そこは外から見た時よりきらびやかに見えた。すでに夜も更けているが、人の往来は多く暖色のライトが夜の道を照らし出してくれていた。


「「おお……」」


 僕らの国は自然が主となって街が構成されているため、こういった人工物がひしめき合う様は新鮮だった。


「すげーな。色々目移りしちまうけどこの腕輪に監視されてると思うといまいち乗り切れないな」


「まあまあ、そのおかげで簡単に入国が許可されたんだから文句言えないよ」


「そうだな。まあ、とりあえず宿をさがそうぜ」


 一頻り感動した後は先の戦いやここまで歩いてきた疲れが一気に押し寄せてきた。僕らは近場にあった宿屋にお世話になることになった。お金は出国前に他の国でもある程度同じ価値を持つきんに変えてきたので宿代は支払うことはできた。


「ふー、やっと落ち着いたね」


「ああ……。明日からは傭兵として仕事して金稼がないとなぁ」


「役員さんによればエルガシア集会所に傭兵向けの仕事依頼が集まってるって言ってたね」


「楽しみだな。仕事を通して人や文化と触れ合うことができそうだ」


「そのためにもゆっくり休もう」


 布団をかぶり、目を閉じる。つい先日までは代り映えのしない毎日を、苦しみながらもこれが普通だと言い聞かせて生きてきたのに、たった一日で様々なことが起きた。危険なことの方が多かったけど、それでも僕が僕として生きている感じがして心地よい。この一日に見たものは紛れもなく僕のものだと思える、価値と意味を持った時間だった。

 それもこれもイダンに出会うことが出来たからだな。お礼を言っておかなきゃ。


「ねえイダ……」


「なあケノス。大事なことなんだけどさ」


「え、うん。なに?」


「俺らも男じゃんか。一人でシたいときは必ず訪れるわけだろ」


「あ、うん」


 そういうと右腕についている腕輪を掲げて続けた。


「こいつに見られながらするってことか」


「そう、なるね。でも人が常に見てるわけじゃないよ」


「そうは言ってもよ。腕輪を付けるときの説明に、記録され続けているデータにアクセスして定期的に閲覧するってあったぞ。つまりそういうことじゃんか」


「まあ、仕方ないよね」


「仕方ないか……。ところでケノス、さっき何言いかけてたんだ」


「ああ、いいや……。もう」


 感謝は今度でいいや。それよりはっきり言語化されたせいで僕も気になってきた。意識しないようにしてたのに。そもそもデータは映像として保存されるのか文章として……


 気づいたら朝になってた。






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