第2話 最初の一歩

 あれからイダンと朝まで他愛もない話をしながら過ごした。筋トレが趣味だとか以外にも虫が苦手だとか、そんな話。なんとも心地のいい時間の後、イダンは事情聴取のため別の部屋へ連れていかれた。イダンの行いで実際に被害が出ていないことや、まだ未成年であることからきっとすぐに解放されるだろうとのことだった。


 外へ出ることに関して両親には詳細を伝えずに行くことにした。仲が悪いわけではないが、ここ何年か連絡を取っていない両親に、イダンには話せた自分の内にある想いを伝えられる気がしなかった。手紙にしばらく仕事が忙しくなるから連絡はとれなくなるとだけ書いて送った。旅の準備をしたのちにイダンと落ち合う約束をしていた町の中央広場に向かった。


「おうケノス! 待ちくたびれたよ」


「思ったより早かったんだね。ところで今更なんだけどさ、どうやって出国する? 世界を回ってみたいからなんて、まだ星を見に行くためって理由の方がマシだよ」


「だよなぁ。まあでも頼み込んでみるしかないんじゃないか、フィーシ様に」


「えぇ!? 主神様に直接……」


 フィーシはこの国の主神。すなわち国のトップだ。現存する4つの国にはそれぞれ主神がいるが基本的に一般の人がお会いする機会など訪れない。


「まずどうやって会うんだよ……」


「それは中央宮ちゅうおうきゅうに居るんだからそこに行くしかないだろ。そう不安な顔をするな、フィーシ様は慈愛に満ちた方だ。きっとお話しくらいは聞いてくださるだろ」


 フィーシに謁見する前につまみ出される気もするが……。まあこのまま悩んでても始まらないしな。


「よし、行こう!」


                 ・・・・・・・


「だめです」


 知ってた。俺たちは中央宮受付の段階で敗北した。イダンはあれこれ手を尽くして訴えているが受付のお姉さんは半目でイダンを眺めている。勝ち目はなさそうだ。


「イダン、もう別の手を考えよう……」


「――何の騒ぎかしら」


「っ! フィロス様、お騒がせして申し訳ございません」


 いつの間にか後ろに美しい女性が立っていた。淡いピンクの髪と瞳。騎士の正装を身にまとった凛とした姿が印象的だ。受付の方はフィロスと呼んだが、どこかで見たような……。


「――も、もしかして神着かみつきのフィロス様」


「おいケノス、知り合いか?」


「フィーシ様のお付きだよ! イダンも流石に見たことはあるんじゃ……」


「ねえ、何を話しているの?」


「あ、あの……、えっと」


 主神フィーシと話すためにはフィロスとも話すことになるとは思っていたが、こんなに急事では焦って言葉が出ない。そんな僕を尻目にイダンはいつも通りだ。


「俺たち国を出て世界を回りたいんだけど、その許可をフィーシ様にもらおうと思ってるんだ」


 めちゃくちゃタメ口。僕たちの旅はここで終わりかもしれません。


「世界を、ね。こっちへおいで」


 フィロスはそう言うと手招きをして奥の部屋へ入っていった。


「あの中で僕らは殺されるんだ」


「何言ってんだケノス、早く行こうぜ」


 部屋に入ると中央に大きなテーブルが一つ。その周りにいくつか椅子が置かれた簡素な部屋だった。


「そこへ掛けて」


「は、はい」


 びくびくしている僕と落ち着いたイダンとの対比がなんとも情けない。


「詳しく聞かせてくれないかしら。さっきの話」


「ああ、俺は世界を知るために、ケノスは世界を通して自分を知るために旅に出たい」


 そう言うイダンをフィロスはじっと見つめている。


「本心からそう思ってるみたいね」


「嘘で誤魔化すつもりはないよ」


「――あなたたちの想いはわかったけど、国外へ行くことを認めるわけにはいかないわ。知っての通り、私たちの国では今世界を覆う戦争を平和的な終結に導くために戦火から離れて動いているの。だからできる限り戦を持ちかけられる火種を作りたくないってことはわかってくれるかしら」


「理解しております。私たちは身分を明かして旅をする気はありません。あくまで私たちケノスとイダン個人としての旅をしたいのです」


「あなたたちの意志とは関係なく綻びはできるものよ。それが原因となってこの国が、あなたたちの大切な人が被害を受けたとき責任の取りようがないでしょ」


「っ……」


 返す言葉がない。考えてみればこの懸念は浮かんで当然ではないか。昨日のイダンとの会話の熱に絆された勢いのまま、リスクを深く考えていなかった。まるで子が親に怒られているような状況に羞恥心が湧いてくる。――その時


「すてきじゃない、世界の旅」


 急に声が降ってきたと思った瞬間。フィロスのとなりにあまりにも美しい芸術が表れた。透明で美しい白銀の長髪に翡翠色ひすいいろの瞳、雪を思わせる肌に控えめな装飾が施されたシルクのローブが美しく調和している。


「フィーシ……様」


 初めて見ることとなった紛れもないティフィロスの象徴、慈神じしんフィーシ。思わず僕もイダンもそのお姿に見惚れてしまい、言葉が出てこない。さきほどまで凛とした雰囲気を崩さなかったフィロスでさえもその面影はなくなっている。


「ねぇ、フィロス。いい機会だと思うの。私たち、他国の方々と交流を絶って長いでしょ? 最近では私たちが何か良くないことを画策しているんじゃないかって疑いをもって攻撃してくる人達も現れてきてるじゃない。まずは私たちが戦う気はありません、仲良くしましょうって思っていることを伝えるべきよ。始まりとしてこちらのお二方にそのお役目を託すの。そうしたらお二人の目的も私たちの目的も果たせるでしょ」


「そう……ですね」


 以外にもフィロスがフィーシの意見に賛成した。フィーシの考えは理解できるものだが、あまりにも現実的でない気もする。初対面の若者二人にこの国の重要な意思を広めることが出来るとお思いなのだろうか。それとも、ただ僕らのことを想ってくれて、フィロスを説得するための言葉だろうか。その方が理解ができる。だがそんな甘い考えを国を一番に思っている様子のフィロスが了承するのは違和感を覚える。


「わかりました。では、あなたたちにはティフィロスの意志を広めることを条件として、出国を許可するわ。もし何か問題が起きたときはこのフィロスが責任を負いましょう」


「あ、ありがとうございます」


 色々予想外な展開続きだったが、主神とその神着かみつきにまで許可を頂けたのは心強い。その分、他国での振る舞いは気を配らないといけないな。


「……」


「イダン?」


「ああ、いや、大丈夫だ」


 最初の関門であった出国許可をもらえたにも関わらず、イダンはどこか浮かない顔だ。


「それでは、私の方で手続きをしておくから、あなたたちは関所へ向かっておいて」


「はい! ありがとうございます」


「どうかお気を付けて」


 主神と神着かみつきに見送られながら退出し、中央広場まで戻ってくると、それまで口数が減っていたイダンが僕の近くへ寄ってきた。


「ケノス、顔を向けずに話を聞いてくれ」


「どうしたの?」


「後ろに2人、付いてきてる」


 僕にはまるで感じ取れないが、イダンの様子から冗談ではないことが伝わってくる。


「僕らが本当に旅をすることだけが目的か確かめるためにフィロス様が使いを寄越したんじゃない?」


「いいや、それは考えにくい。さっき俺らの想いを伝えたときにフィロスは魔素感知魔法『メルース』で俺らの魔素が乱れていないことを見て、言葉に嘘がないことを確かめている」


 そう言えばフィロスは最初僕たちをじっと見つめていたときがあったな。僕は魔法を使われていることにも気づかなかったし、そもそもそんな魔法があることも知らなかった。


「まったく気が付かなったよ、イダンは相手が魔法を使っていることがわかるの?」


「『メルース』ほどじゃないけど、俺の目は魔素のゆらぎみたいなものが見える。魔法を使っているときは基本的に使用者とその対象に魔素のゆらぎが表れるからな」


「すごいな」


 魔素が自浄作用で出力されないイダンの体質のおかげだろうか。長年溜まった魔素が彼の身体能力を足だけでなく全体的に引き上げているのだろう。しかし高等学校に通っていた時に魔法学は履修していたはずだが、さっきから初耳のことばかりだ。もしかしたら僕は魔法に関して知見が浅いのではないだろうか。


「でもそれならなぜ尾行なんて真似を……。そもそも今回の件にまったく関係のない人達なのでは?」


「まあ、そうかもしれないな……。ひとまず大きな動きを見せるまではこっちからも仕掛けないでおこうぜ」


「わかった」


 この国の治安は良いが、まったく犯罪がないわけではない。付いてきている奴らもただのスリとかかもしれない。

 そんな杞憂をよそに、特に何も起きず関所へ到着した。


「お待ちしておりました。ケノス様、イダン様」


 関所の役人が僕らを出迎えてくれた。すでに話は通っているみたいだ。


「フィロス様よりお話は伺っております。こちら関所を出られましたら魔装車まそうしゃをご用意させていただいております。目的の国の中まではお送りすることはできませんが、少なくとも我が国を囲っている森林を抜けるまでは送らせていただきます。森林には怪魔物かいまものが生息しております。どうかお気を付けて」


「ありがとうございます。行こう、イダン」


「ああ」


 関所を出ると魔装車まそうしゃのそばに青年が立っており、運転手のプセマだと名乗った。僕とイダンは車に乗り込み、目的地をこの国から一番近い機械の国ペリエルギアとして出発した。

 しばらくすると、関所で聞いた通り森林の中へ入っていった。


「ここからは少しスピードを上げさせていただきます。怪魔物かいまものに目を付けられては安全が保障できかねませんので」


「この森林に生息する怪魔物かいまものってどんなのがいるんですか」


「最も多く生息しているのがポノスという狼によく似たものがおります。彼らは基本的に群れで行動して狩りを行います。彼らの捕食対象は他の怪魔物かいまものですので私たちにはあまり危害を加えません。しかし、自分たちの巣を侵されたり、群れの内一頭でも危害を加えれば襲い掛かってきますのでお気を付けください」


「わ、わかりました」


 今走っているこの整備された街道へは怪魔物かいまものは近づかないので安全ではあるが、気持ち的に不安になるので早く森林を抜けたいところだ。それともう一つ心配はある。


「――イダン、尾行はまだいる?」


「いいや、もう気配はない。が、森林の魔素のゆらぎが不安定だ。これは怪魔物かいまものの活動期によく似ている。停滞期の今の時期にその現象が見られるということは誰かが街道ではなく、森の中を通った可能性が高い」


「さっきの奴らが森の中から追いかけているってこと?」


「かもな、まあ森の中を人が歩くなんて危険なことをするなんて考えにくいが……」


 その時、急に車のスピードが落ち始めた。


「あれ、どうしたんですか?」


 瞬間、運転手が笛を鳴らした。それと同時に森の中から魔法が飛来し、車を大きく揺らした。


「あぶねえ! ケノス、降りるぞ!」


「う、うん」


 とりあえず車から降りて身をかがめる。その間も容赦なく魔法は飛んでくる。


「ケノス、ここじゃ射線を切れない。森の中にいったん身を隠すぞ」


「わかった!」


 ひとまず近くの茂みに飛び込み、大きな木の根元で身を小さくして様子を見る。


「攻撃してきてるのはやっぱり尾行してた奴らかな?」


「だろうな、しかしいくら森が危険とはいえ向こうが用意した車に乗るべきではなかったか」


「イダン、敵の位置はわかる?」


「いや、ここは魔素の密度が濃くて特定しづらい。肉眼で捉えるしかないな」


「そっか、さっきの魔法は『シオン』だった。たしか発生は早いけど飛距離と威力が控えめなはずだよ。落ち着いて相手から姿を見せるのを待とう」


「りょーかい、落ち着いてるなケノス。さすがは元警備兵だな」


「仕事では活躍したことないけどね」


 さっきイダンが言った通りここは魔素密度が濃い。この状況では索敵魔法は効果的ではないだろう。つまり、初撃でやりきれなかった以上相手も同じような状況だ。だが、こちらは逃げ切れば良いのに対して、奴らは僕らを討たなければいけないという差がある。相手は仕掛けざる負えないはずだ。


「イダン、相手の力量がわからない以上戦うことは避けたい。もし相手が顔を出して来たらすぐに僕が拘束魔法を使って動きを止める。どれだけ効果があるかはわからないけどその隙に魔装車まそうしゃを奪って逃げよう」


「最初の攻撃で壊れているんじゃないのか?」


「大丈夫、あれは国防軍が生産している魔装車まそうしゃだった。あれには自己修復魔法式がコーディングされているから低位の攻撃魔法じゃ壊し切るのは難しいはずだよ」


「そいつは都合がいいな。それを第一として、もし上手くいかなければ最悪森を走り抜けよう」


「イダンの足についていく自信がないよ……」


「――『シオンッ!』」


「ぐぅぅっ!」


 背後からの一撃に気づけず、僕らは飛ばされる。だけどっ!


「見つけた! 『バイド!』」


 唯一まともに使える拘束魔法で一人を捕らえた。











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