フレンチのフルコースです
なずなは広間を飛び出して、自分にあてがわれた部屋に入った。ベッドにつっぷすと、大声で泣き出した。ワァワァと子供のように。なずなは、突然この世界に来て、この世界の自分であるクリスティーナの不幸な境遇を聞いて、クリスティーナを助けてあげなければと強く思った。気を張って魔物の館に乗り込んだのだが、執事のアルベルトが魔物らしからぬ普通な態度だったので、気が抜けてしまった。そこへ
「私このまま魔物にかみ殺されて死んじゃうんだわ。きっとそうなんだわ!」
「クリスティーナお嬢さま、そんな事起こるわけがありません。あの弱虫な仔犬にそんな事できません。あの小心者な
泣きじゃくっているなずなは、アルベルトが
「クリスティーナお嬢さま、フォンダンショコラお召し上がりになりますか?」
「食べるぅ」
なずなは泣きながら返事をする。アルベルトはうなずくと、なずなの手を取って、室内にあるテーブルと椅子の席に座らせた。アルベルトはワゴンからテキパキと焼き菓子を取り出し、支度を始める。アルベルトがさらに続ける。
「クリスティーナお嬢さま。紅茶になさいますか、それともコーヒーになさいますか」
「こぉひぃー」
アルベルトはうなずいて、コーヒーを淹れるための準備をする。コーヒーポットに、ネルドリップの濾し袋をつけて。ゆっくりと湯を注いでいく。辺りにコーヒーの香ばしい香りが広がる。なずなは我知らず鼻をヒクヒクさせた。コーヒーの豊かな香りが、なずなのささくれた心を少しだけ穏やかにしてくれた。アルベルトは温めたティーカップにゆっくりとコーヒーを注ぎ、ソーサーに乗せてなずなの前においた。なずなはゆっくりとした動作で、コーヒーを一口飲んだ。コーヒーのコクと酸味とほのかな苦味が口の中に広がる。、なずなは、ほぅと息をはいた。小さなフォークでフォンダンショコラを切る、中からは
トロリとチョコレートソースがこぼれ出てきた。なずなはチョコレートケーキを一口大に切り分けて口に入れる。甘くてほろ苦くて最高に美味しかった。
「おいしい〜」
なずなは泣きながらチョコレートケーキを食べた。コーヒーがなくなると、アルベルトがおかわりを入れてくれた。なずなが二杯目のコーヒーを飲み終わると、アルベルトはもう少ししたら夕食を運んできます。と言って部屋を出ていった。部屋に一人取り残されたなずなは、素敵なベッドカバーのかかったベッドに、そのままあお向けに寝っ転がった。いつしかそのまま寝てしまった。
お嬢さま、クリスティーナお嬢さま。誰かがなずなをゆり起こす。なずなは眠りの波からゆっくりと意識を取り戻した。目を開けると、そこには美しい男の顔があった。赤い瞳、この館の執事アルベルトだ。アルベルトがなずなに声をかける。
「クリスティーナお嬢さま、お夕食は召し上がれそうですか」
なずなは小さな声で、はい。と答えた。先ほど子供みたいに泣きわめいていた事が、今になって恥ずかしくなってきたからだ。アルベルトはまたもやなずなをコーヒーとお菓子
を食べたテーブルと椅子に座らせた。テーブルにはカトラリーが並べられる。なずなの膝の上には真っ白なナプキンがおかれた。フルートグラスにはシャンパンが注がれた。なずなの前に、皿が置かれる。
「サーモンのカルパッチョです」
「綺麗」
なずなは思わず声を上げた。薄く切られたササーモンは、クルクルとはしっこから巻かれていて、バラの花を作っていた。サーモンのバラのまわりには、新鮮な葉物野菜がしきつめられていて、まるで花畑のようだった。なずなはフォークでサーモンをつき刺し、口に入れる。美味しい。塩味の効いた新鮮なサーモンだ。そこでなずなは疑問に思った。何故このような山奥で、海の食材が手に入るのだろうか。なずなの疑問にアルベルトが答える。
「私は空を飛ぶことができるので、山々を越えて、海近くの町に食材を買いにいけるのです」
なずなは謎が解けたと共に、この夕食の食材をアルベルトが苦心して集めたという事がうかがえた。本来ならばなずなは、この館の
「エンドウ豆のクリームスープです」
美しい緑色のスープにクルトンとクリームがかけられている。スープは優しい味がした。スープの次は魚料理。
「舌びらめのポワレです」
カリッと焼きあがったポワレの下には揚げたマッシュポテトがあり、そのまわりには野菜がそえてあり、ソースがかかっていた。舌びらめをナイフとフォークで一口大に切り、ソースをつけて食べる。ソースが濃厚で、淡白な舌びらめとよく合っていた。次は小休止ののシャーベット。洋ナシのシャーベットには香りのいいブランデーがふりかけてあった。シャーベットを食べると、口の中がサッパリした。ここまでくるとなずなにも、この夕食はフレンチのフルコースだという事が分かった。では次に来るのは肉料理だ。
「牛フィレ肉です」
飲み物は白ワインから赤ワインに変わった。牛フィレ肉のプレートには、素揚げしたナスやかぼちゃなどの野菜が彩りにそえられていた。なずなは牛フィレ肉にナイフを入れる。スッとナイフがとおる、口に入れるとすぐにとけてなくなってしまった。驚くほど濃厚で柔らかかった。最後はデザート。
「クレームブリュレです」
デザートの飲み物は勿論コーヒー。先ほどと同じように、アルベルトは丁寧にコーヒーを淹れてくれた。なずなクレームブリュレの表面を、スプーンでパリッと割る。中からクリームが現れた。口に入れればまろやかな甘さが広がる。なずなはほぅっと息をはいた。コース料理が終盤になると大分お腹がふくれたが、デザートは別腹だ。なずなはコース全てを完食した。アルベルトは食器類を下げ終えると、しばらくしたら就寝の支度にまいりますと言って部屋を出ていった。なずなはこの時になって慌てた。この館には、どうやら
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