魔物の館です

なずなは朝食の後、叔母のメグノマリヤの宣言通り荷造りをさせられ、馬車に押し込まれ、魔物の館へと出発した。クリスティーナの乳母、マーサにはメグノマリヤの屋敷に残ってもらう事にした。そうでないとクリスティーナがこちらの世界に帰ってくる時に、不都合が生じてしまうのだ。


馬車はどれくらい走ったのだろうか、最初は緊張して馬車に座っていたなずなだったが、ガタガタと揺れる馬車の振動から、いつしかうとうとしていた。ガタンと馬車が大きく揺れた後、完全に停車した。どうやら目的地に着いたようだ。馬車の扉が開き、顔面蒼白の運転手が手を差し出す。なずなに早く降りろというのだ。なずなはドレスの裾をもちあげながら、何とか馬車から降りる。なずなの目の前には古びた洋館がそびえ立っていた。運転手はなずなの持ち物である衣装箱をぞんざいに馬車から下ろし、あっと言う間に馬にムチをくれて町に逃げ帰ってしまった。魔物の館から一刻も早く帰りたかったのだろう。なずなは途方にくれてしまった。クリスティーナの衣装箱は三箱もあり、なずな一人では運べない。どうしようと思案していると、ギギギとドアがきしむ音がして。洋館の重厚なドアがおごそかに開いた。ドアからは一人の男性が現れた。その男は長身の、美しい男だった。だが一目で人間ではない事が知れた。その男は頭に二本の角が生えていた。そして瞳の色はルビーのような燃えるような赤だった。なずなは恐怖のあまりヒュッと息を飲んだ。男はなずなを一べつすると、深くお辞儀をして言った。


「お待ち申し上げておりました。クリスティーナお嬢さま」


男は顔を上げ、なずなを見つめた。


「私はこの館の執事、アルベルトと申します。クリスティーナお嬢さま、乳母の方が一緒だと伺いましたが、お一人ですか?」


なずなはキッとアルベルトをにらみながら言った。


「乳母は高齢なので屋敷に置いてきました。私だけです!」


執事のアルベルトは驚いた顔をしたが、小さくうなずくと、自身の指をパチンと鳴らした。すると驚いた事に、なずなの後ろにあった三つの衣装箱がひとりでに浮き上がった。アルベルトはなずなを屋敷へ入るよううながした。三つの衣装箱はなずなの後についてくる。どうやらアルベルトの魔法らしい。屋敷の中はとても落ち着いた様相だった。叔母のメグノマリヤの屋敷はやたらと華美でギラギラしていたが、この魔物の屋敷は年代物の屋敷を大切に使っているようだった。アルベルトはなずなを連れて一つの部屋の前に立った。扉を開けてなずなを招き入れる。なずなは思わずわぁっと声を上げてしまった。一言で言えばとても可愛らしい部屋だった。大きな窓にはフリルのついた淡いピンクのカーテンがかけられ、置かれている衣装ダンスや調度品は、丸みをおびた彫刻がされていていた。特に目を引いたのは、ベッドだった。木製のベッドには大きなベッドカバーがかけられていた。パッチワークのモチーフが一つ一つ丁寧に縫われていて、一目で手と心がこもっている品だとわかった。なずなはベッドカバーをひとなですると、素敵。と呟いた。アルベルトは、ハッとつめていた息をはいて言った。


「このお部屋はクリスティーナお嬢さまのお部屋です。お気に召していただけましたでしょうか?」


ほうけていたなずなは慌てて答えた。


「は、はい!とっても素敵です。特にこのベッドカバー、手作りですよね?」


無表情だったアルベルトの顔が少しほほえんだ。


「はい、このベッドカバーは、主人あるじの元乳母が、主人あるじの花嫁のために縫ったものです」

「元乳母?」

「はい、主人あるじが幼い頃に世話をしてくれたのですが、腰を痛めて魔界に帰ってしまったのです。ですがクリスティーナお嬢さまが主人あるじの元に嫁いでくると聞いて、喜んでベッドカバーを縫ってくれたのです」


なずなは改めてベッドカバーに視線をうつしながら思った。魔物の館と聞いて、恐ろしい所かと思いきや、思いのほか普通な事に驚いた。クリスティーナが嫁ぐこの館の主人あるじは乳母と執事に大切にされている事がうかがえた。これならクリスティーナの事を話して、クリスティーナが戻るまで待てばいいのではないだろうか。なずなが思案にふけっていると、アルベルトはなずなの衣装箱を片付けていいか聞いてきた。なずながうなずくと、アルベルトはまた指をパチンと鳴らした。すると衣装箱の中のドレス、靴、宝飾品が飛び出して、勝手に衣装ダンスにしまわれていった。そしてアルベルトはなずなをお茶に誘った、そこにこの館の主人あるじがいるというのだ。なずなはごくりとツバを飲み込んだ。主人あるじがクリスティーナに相応しい男かどうか見極めなければいけないのだ。



なずなが通されたのは暖炉のある広間だった。テーブルの上座には一人の男が座っていた。瞳はアメジストのような紫で、鼻すじが通った引き締まった顔をしていた。だがやはりこの主人あるじも人間では無かった。頭には犬のようなとがった耳が生えていて、腰からはモフモフのシッポが生えていた。主人あるじはなずなを見て、驚いたような顔をした。なずなは驚きのあまり言葉が出なかった。主人あるじはハッとした顔になり、話し出した。


「今夜の晩餐・・・」


?、なずなは主人あるじの言った言葉の意味がわからず首をかしげた。主人あるじの顔がサッと赤くなる。なずなは焦った。主人あるじが話さない以上、自分から話し出さなければと。見かねたアルベルトがイスを引いてなずなを座らせようとする。どうしたらいいのかわからないで、その場に立ち尽くしているなずなに、主人あるじは語気を荒げて凄んだ。


「なんだその目は、お前も俺の事を化け物だと思ってるんだろぉ」


主人あるじの口から鋭い犬歯がのぞいていた。ヒイッ、なずなは恐怖でたまらずその場から逃げ出した。

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