第8話 告白 ──あのね、わたし、実は──
行為の後、しばらくの間、二人は疲れた身体を藁の上に横たえていた。
部屋の明かりは薄暗く、窓からは星が見えた。
「一つ聞いていい」
コウが天井を見つめたまま訪ねる。
ユウナが右手の指を、彼の左指に触れた。
おずおずと探るように、求めるように、絡めてくる。
そして天井を見つめたまま、「いいよ」といった。
「仲間が出来なかった理由って何でかな?」
ユウナは彼のその問いかけには直ぐには答えなかった。
彼女は何度か胸が上下し、軽く深呼吸している。
口を開きかけて、閉じて、また開いて閉じた。
わずかに逡巡している様子が分かった。
そして決意して言葉をいった。
「わたしね、テレパスなの」
──えっ。
驚いた表情をしてユウナを見る。
ユウナも頭を向けて見つめかえす。
「人の心が読めるの」
彼女の目が本気であることを訴えていた。
「だから気味悪がられて、誰も近寄ってはくれないの」
とも続けた。
彼女は、これまでさまざまな罵倒を浴びてきた。
多くの人から
『気持ち悪い』
『あっち行けよ』
『お前がいると落ち着かないんだよ』
『人の心を覗くなんて嫌らしい』
もっと沢山の拒絶の言葉を聞いた。
罵りで聞かない言葉はなかったと言っても過言ではなかった。
彼女は一見明るそうで、活発な女の子に見えるけど、本当は一人でいろいろと抱え込んでいた。
ユウナが続けて語る。
「わたし、貴方の言葉を聞いたの。あの馬車で轢かれそうになったとき。これまで言葉を、感情を読まれまいと隠そうとする人が多かったけど、貴方は自分から発したの。ああ、この人は自分から発するんだって思ったの。もちろんコウはそんなことをちっとも考えてもなかったでしょうけど、それでもわたしには嬉しかったの」
──それでなのか。
と、コウは思った。
ユウナの積極性の理由が分かった。
まだ言葉も交わしていないのにパートナーに決めたといった、その理由が。
自分から発信してくれる存在を待ち続けていたんだ。
生の言葉を、感情を、赤裸々な思いの丈を、そのまま発露してくれる存在を探し求めていたんだ。
コウはただ無我夢中でまだ使い方も知らないスキルを、電波放出を使った。それがメッセージとなってユウナに届いたんだ。彼女のテレパスがそれを受信したんだ。
彼女の、ユウナの握っている手が小刻みに震えている。
自分の秘密を明かしたことで、嫌われるのかも知れないという恐怖だった。
それでも彼女は真実を語ってくれた。
黙っていれば分からなかった可能性だってあったのに。
勇気ある行動だった。
この小さな子は、一体どれだけの勇気が備わっているのだろう。
まずコウを逃がそうとしてくれた。そして驚異に立ちはだかり、自分よりも大きな敵と立ち向かい、また、親しくなりたいと思う相手に、自分の秘密をさらけ出す。とてつもない勇気の塊だった。
だからコウは、その思いに真剣に向き合う覚悟を決めた。
彼女の真心に報いるのだと──
「ユウナ、聞いてくれるかな」
「うん」
彼女が手をぎゅっと握った。
その手が汗ばんでいる。
緊張している証だった。
「僕の心はね、僕の心は決して綺麗じゃない。喜んだり、笑ったりもするけど、ちょっとした事で怒ったり、すねたりする。ううん、もっと汚い感情、僻んだり、妬んだりもしょっちゅうだ。でもね、でもだよ、そんな僕でも良いって思うのなら、それなら、そんな僕の心なら幾ら読んでも構わない」
驚いたユウナがコウを見た。
その目は驚きで見開かれていた。
信じられないという驚きの色が宿っている。
「いいの?」
「うん」
「本当に?」
「うん」
「わたし、あなたの嫌なところ、全部見ちゃうんだよ。隠したいことも、暴かれたくないところも、秘密も全部見えちゃうんだよ。そんなことされても、本当にそれでいいの?」
「うん」
彼女の双眸に涙があふれた。
きらきらとした水晶の滴のような乙女の涙が、その目からこぼれ落ちた。
「わたし……わたし……怖かったの、人の心が。人の心が一番怖いの」
そこで彼女は、ユウナは、泣き出してしまった。
かみ殺すような嗚咽ではなく、わんわんと、心を解放する涙だった。
彼女にとって人の心は化け物だった。真っ黒な化け物だった。
今し方まで心を許していたのと思っていたのに、一瞬で牙をむく化け物に変貌する。
そして彼女の心をえぐりに来る。
目に見えないけど、深く深く、決して癒えない傷を負わせてくる。
だから彼女は人の心が一番の恐怖だったのだ。
「僕の心だって汚いよ。それに、えっと、エ、エッチなことだって考えちゃうかも」
「コウならいい、全部いい。どんな事を考えても、何を考えてもいい」
そういってユウナは笑った。泣きながら笑った。
何か心の底から、久々に笑えた気がした。
「わたし今日、何回泣いたかな?」
ユウナは思っていた。
今日の涙は全てうれし涙だった。
こんなことって一度も無かった。
何か救われた気がした。
それも出会ったばかりの、この少年によって。
二人はそのまま眠った。
まだまだ話たいことは沢山あったけど、安心と疲れにより限界が来た。
何時眠ったのか分からないくらい、すっと眠りに落ちた。
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