第4話 出会って五秒でバトル

 二人は振り返る。

 視界の先にフードの男が居た。


 もうここが袋小路なものだからか、そいつは歩いてこちらに向かってくる。

 両腕を開き気味にして、「追い詰めた、逃がさないぞ」という意思が、その所作に現れていた。

 ユウナは思う。


 ──もうこうなったら。


 彼女が振り向いて、こう言った。

「ちょっと、ここで待って見ててね。いい、絶対に来てはダメよ。だってここの初心者でしょ」


 そういう言うが早いか、ユウナは風のように駆けだしていった。

 先ほどコウの手を引いていたときとは比べものにならない足の速さだった。


「はやっ」


 コウが驚くのも無理はなかった。

 走った後につむじ風が発生して、砂埃を巻き込んでいた。

 長い毛先が後方気流で踊り、その上下の振幅が見る間に早くなってゆく。

 追跡者との距離をたちどころに詰める。

 ユウナは姿勢低くして、相手の懐に飛び込んだ。


「しゃがみからの」そして──「大ジャーンプパンチッ!」

 脚力を跳躍力に変換して、その勢いを拳に乗せて、それを相手のアゴに炸裂させた。

 綺麗にきまった。

 もうこれ以上はないという位に。


 追跡者が後ろに倒れる。

 ユウナがゆっくりと舞い降りる。

 スカートの裾がひらひらと舞い、めくれて白い太もものその付け根までが見える。

 髪の毛が遅れて降りてくる。


 着地した彼女は結果に満足していた。

 仰向けに倒れた追跡者は身じろぎもしなかったからだ。

 それにしても追跡してきたフードの男は、りっぱな体躯をしている。


 四肢は太く、上半身は胸板が厚く、下半身は腰回りががっしりとしていて、それでいて肥大したような巨躯ではない。その全体が締まっている様子は、あれだ、まるで鍛えられた軍人その物だった。


 そんな逞しい相手をたった一発のパンチ──速度の乗ったしゃがみからの大ジャンプパンチという、ある意味、初見に使うのはどうかという物ではあるが──で沈めてしまったのだから、喜んで当然ではあった。

 それが表情に表れている。


「やっつけたわよー」

 手を振りながら戻ろうと歩き始めた彼女の背後に、追跡者が立ち上がる。

 フードの中の顔が見えた。


 目が白かった。

 黒目がない。

 完璧な白眼だった。

 というか髪まで白い。

 肌も抜けるように白い。

 全てが白い。


 瞬きもしない白眼がユウナを見つめている。

 だけど表情というものが喪失していた。

 ただ見つめている。

 そして二本の手を掲げると、その下からもう二本の手が現れた。


「四つ手!」

 コウが驚きの声を上げる。

 ユウナも始めは驚いた表情をしていたものの、やがて落ち着きを取り戻した。


「手が二倍だからそれが何なのよ。だったらね──」

 先ほどよりももっと鋭い速度で飛び出したユウナは、もはや瞬速に近かった。


「こっちも手数を増やせばあいこじゃない!」

 相手の懐に飛び込んだユウナの、怒濤のラッシュが始まった。


「うりゃうりゃうりゃうりゃ、どうよ、この動きが見えてる?」

 上半身にパンチを集中して追跡者のカードが浮いたところに、右のミドルキックが炸裂。

 上半身が折れたところに回し蹴り、続いて後ろ回し蹴り。

 崩れた上半身にニーキックでガードをがら空きにして、足の裏を天頂に向ける右上段蹴り。


 その後にさらに速いパンチの連打を浴びせた。

「うらぁうらぁうらぁうらぁうらぁうらぁうらぁうらぁ、どうだコラ、腕が倍あってもガードが出来てないじゃない!」


 そしてとどめとばかりに裏拳で横っ面を張り倒すと、相手はもんどり打って崩れ落ちた。


「ふんすっ」


 鼻息荒く手刀を構える彼女はたくましかった。

 おそらくだが、彼女はまだ基本のスキルしか使っていない。

 術式解放や体力や速度向上系の魔法は未使用だった。


 ──だけど、その、丸見えだ!


 短いスカートで激しい格闘するものだから、その、見えているのだ、いろいろいと。


「こらーっ、コウ。聞えたわよー。そんなところばっかり見てんじゃないの、こっちは真剣なんだから!」

 ユウナに怒られた。


 でもと思う。

 ──僕は一切つぶやいていないのに、なんで聞えたんだろう。と。


 彼がそんな事を考えている視界の中で、フードの男、というか真っ白な、その追跡者が起き始めた。


 そいつはしぶとかった。

 再び起き上がると、ポケットから何かを取り出した。

 ナックルサックだ。


 この場合のサックとは、拳にはめる打撃系の金属武器のことを言う。

 これを大したことの無い武器と思うのはいけない。

 普通に殴るだけで、簡単に骨が折れる。

 真剣に殴れば骨が砕ける。


 一発でも頭蓋に食らえば、普通に骨折のあとに意識が混濁する。さらに即死だって当たり前にある。それが四つの拳にはめられているのだ。これはもう相手を殴り殺すというえげつない意思表示に他ならない。


 ──こいつの意識、わたしを肉塊にすることしか考えてないじゃない。


 ユウナは追跡者の意識をそう読んだ。

 追跡者がサックを手にはめた。

 ご丁寧に四つの拳、全てに。

 そして追跡者が身構えると、躊躇わない拳を繰り出してきた。


 一発一発はユウナほどは速くはない。

 だが四つの拳から連続で繰り出される攻撃は、ユウナの早さを持ってしても防戦一方だった。そして何よりも打撃が重かった。


 攻撃は早さで打撃力を補えるが、防御となると早さがそれほど利点にはならない。

 ユウナは美少女で華奢だ。

 その細い腕と身体では、打撃を受け止めきれない。


 彼女をこの状況で例えるならば、一本の棒だった。細くしなやかな棒と捉えるといい。

 それは突くことで、例え相手が巨漢でもダメージを与えることかできる。


 だがしかし、受けはどうだ。

 重い衝撃を受けたら簡単にその棒は折れる。

 だから辛うじて相手の攻撃を反らす他なかった。


 ──マズったな。防御系のスキルアイテム全然持ってきてなかった。


 彼女は自分の窮状を悟る。

 よもや今日、そんなガチの対戦をするとは夢にも思っていなかったので、マジックアイテムの類いを一切所持してこなかった。そして詠唱系の防御魔法を習得していない。

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