第3話 連れ込まれる
馬小屋の中は結構繁盛していた。
というか、馬よりも人が多かった。
馬を休息育成する施設で、人間で繁盛しているというのも可笑しな話だった。それがいくらお約束であったとしても。
誰しも考えることは同じで、無料、もしくは格安で泊まれるここを目指し、また定宿としている人も多かった。
ゆえに、もう街道の宿屋って風情すら漂っている。馬小屋なのに。
わらの敷かれた一室に二人は腰掛ける。
内部は恐ろしく狭い。
沢山の人を収容するのだから一つ一つの部屋が小さくなっていたからだ。もう完全に宿として機能している。
「あらためて挨拶するわね、わたしの名はユウナ。ここで生活して長くなるけど、訳があってまだ特定のパーティやクランなどには所属していないの」
「訳って」
その問いかけを遮ってユウナが先を続ける。
「その説明は後でちゃんとするから、まずステータスカード見せて欲しいな」
「え、ああ、いいよ。はい、これ」
差し出したカードを受け取ったユウナがまじまじと見つめる。
「いやー、さすがなり立てだけのことはあるわね。真っさらだね、能力値もまだこれからって感じ。ん?」
カードの一項目に目がとまった。
「なにこのデス・レイってスキル」
そうそれが問題の核心だった。
はっきりいってコウ自信でも分からない。
何を指しているのか、何を示しているのか、それが皆目分からないのだった。
「丸っきり分からなくて。デスというからには死を司る力のようだけど」
それを伝えると、彼女はため息交じりにいった。
「未知のスキル、シークレットスキルってやつね。正体が分からないと発動も出来ない」
「そういう人って多いの?」
「シークレットやオリジナルスキル自体はレアだけど、超ってほどじゃない。でも発動が分からない人ってのはそんなには多くはないかな。それよりも」
「なに?」
「あなた、えっと……」
「コウ」
何か運命の出会いのように言っておきながら、彼女は僕の名前も覚えてない。
それを察したユウナが慌てる。
「な、名前もちゃんと覚えるわよ……コホン」
わざとらしく咳払いをして、後を続けた。
「コウ、あなたキャラメイクの方法って知っている?」
「幾つかの条件を入力して、それから質問に答えて、あとはキャラタイプを選択したかな」
「それは表のキャラメイク。そのときにエトワール、つまり管理AIのことね、エトワールは別の信号も受け取っているのよ。それが裏のキャラメイク」
「裏のキャラメイクって、いったいどうやって?」
「目よ目」
ユウナはそういって自分の大きな目を指さした。
「装着しているゴーグルの端っこで目に見えない点滅信号が問いかけているのよ。貴方は誰ですかー、どんな人間ですかーってね。人間にはほとんど意識しては知感できない、高速の信号なんだって。それで脳内に直接質問して、その情報が瞳孔や虹彩の僅かな反応、例えば収縮とか拡散となって現れるからそれを読み取っているの。感情とか知能とか願望とか、その人の持っている得意分野とか。その情報を元にして私たちは出来ているのよ。って、書いてあることを暗記しているだけなんだけどね」
「はあー」
コウは素直に感心した。
そんな方法で出来ているとはちっとも想像してなかったからだ。ガイドブックに目の情報とか載っていたような気がしたけど、生活の仕方などを一生懸命読んでいたのだ。
──だから入力の後に時間がかかったのか。
そりゃあそうだ。個人の情報と能力を深層まで探るなんて、そう短時間で出来るはずもなかった。
「だからここに居る私たちは、ただのキャラクターではないのよ。もう一個のちゃんとした人間、ううん、知識、思考、深層心理から形作られた本当の自分と言っても過言じゃないの。それがエトワールが司る世界、アルカンディアの私た、ち……」
ユウナはそこで言葉を切った。
そして目が左右を這う。
明らかに何かを探している。
──一体何を?
それを訪ねようとした瞬間、彼女がそれを察して唇に指を当てた。
「しっ」
静かにのサインだ。そして声を潜めていった。
「誰かがコウを探している」
だけどコウには何の声も音も聞えない。ただ人々のざわめきがするだけだ。
それもその筈だった。
彼女は声ではなく、人の思考を読み取っているのだ。
でも説明を受けていないコウには何のことかさっぱり分からなかった。
そして彼女は、次のように敵の思考を探知した。
──ヘンだわ心が読めないわね、言葉もこっちのはではない。でも思考は、読めた。
ユウナは相手の思考パターンは次のように読み取った。
『考、探、殺、未発見。考、探、殺、未発見。考、探、殺、未発見』
それを分かりやすい言葉にすると、こんな風になる。
『考を探して、殺す、だけど見つからない』
そんな思考だけが伝わってくる。そしてこれを繰り返していた。
だけど人間のような逡巡するような思考、つまり、「本当にここに居るのか」とか、「別の場所も探した方がいいんじゃないか」といったような、心の迷いがない。
迷いなく、澱みなく、ただ真っ直ぐに、確実に相手を探し出して殺してやろうという気概に満ちていた。つまり本気だった。
「やだ、そいつ、あなたを殺すつもりみたい」
コウは突然そういわれて、驚く。
「なっ」
当然である。
「ここを出よう」
ユウナがコウの手を引いて表に出た。
「なにこれ、ファーストイベント?」
「違うわよ、ガチの本気で貴方を殺しに来ているわよ。ここから完全に消そうとしている。コウ、こっち来てから一体何をやらかしたの」
「し、知らないよ」
彼には突然のことで言葉が、意味が飲み込めなかった。
だけど、ユウナの動きに躊躇がなかった。
もちろんコウにはその根拠が分からない。
彼女はまだ何も語ってはくれてはいないのだから。
二人はそのまま雑踏を歩いたが、追跡者が誰か分からなかった。
人が多すぎるからだった。
でも明らかに近づいている。
ユウナにはそれが分かっている。
──これはもうこちらから探すしかないわ。
彼女は広場で立ち止まると、ゆっくりと辺りを見回した。
ゆっくりと、早く、そしてまたゆっくりと、何かを確認するように空間に視線を泳がせている。
──いたっ。
その視線の方向に、一人のフードを被った男がいた。
それだけではなく、顔面も黒い布で覆って表情が見えない。
どう見ても殺し屋、まんまアサシンそのものだった。
「あいつよ。わたしの視線の先に居る、黒いフードを被った男。そいつがコウを狙っている」
「あいつが、僕を」
「こっちよ」
ユウナが走り出す。
広場から路地へ、狭くて人通りの少ない小道へと向かった。
後ろを振り返ると、フードの男が路地に入ってくる所だった。
こんな人の姿もない路地に急ぎ足で入ってくるなんて、どう見ても追跡には間違いなかった。
──やっぱりユウナの言うことは本当だったんだ。
コウはそう思うしかない。
それにしても彼女は足が速い。
彼の腕を引っ張ってグイグイと進んでゆく。
フードの男も走って追ってきた。
「ユウナさまの脚力を舐めるでないよ」
そういって加速する。
手を引かれているコウは、転ばないようにするので精一杯だった。
「あっ、いっけない」
突然、ユウナが停止し、コウは彼女の背中に顔を埋めるようにしてつんのめった。
「扉が閉まっている。ここは何時も開いていて、向こう側に抜けられるのに」
ユウナが扉を見上げながらいった。確かに鉄の扉がぴったりと閉じて錠前がかけられていた。
コウは息を荒くしている。
突然走ったのだから当然だ。
だけど、ユウナは軽く肩を上下するだけで呼吸は乱れていない。見かけによらず身体能力は高いようだった。
そのとき、背後から足音がした。
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