第2話 サービスされちゃうかも
「だいじょうぶ?」
そう言って少女は手を差し出した。
コウは相変わらず尻もちをついたままの姿勢で、自分の掌を見つめていた。
見上げるとそこに少女が立っていた。
「あ、ありがと」
その手を取って立ち上がる。
正面を向いて正対すると、少女の頭が下にあった。
ずいぶんと小さかった。
頭のてっぺん、つむじが見えそうだった。
というか、どこか幼い。
年の頃なら、そう、小学生高学年か中学生なり立てにも見える。
自分よりも二、三歳は下だと思えた。正直、はっきりいって年齢不詳だ。
その少女の長い黒髪が風に揺れて、陽光に光っている。
「僕の名はコウ。きょうアルカンディアに来たばっかりの新米なんだけど」
彼はそこまで自己紹介をしたあと言葉を詰まらせた。
少女の姿に見とれたのか、それとも彼女の決意を秘めた目を見たからなのか、その両方なのか。
取りも直さず、彼はその場と少女の雰囲気に飲まれて言葉を閉ざした。
そして彼女の言葉を待った。
やがて彼女は、このように口を開いて言葉を発した。
「わたしの名はユウナ。わたし、貴方に大事なことを──」そこで少し間を取り息を吸う。そして、「伝えるわ」といった。
彼女、ユウナの表情は確信に満ちてた表情をしている。
そして自信たっぷりに、目に力を込めていった。
「ついに見つけた、見つけたの。コウ、わたしは貴方を見つけた。だから、だから相棒になって欲しいの」
風がざあっと二人を包む。
時がゆっくりと過ぎてゆく。
その瞬間をまるで刻み込むかのように。
空間に、二人の意識に、いまこの瞬間を永遠にとどめようとするかのように、時が過ぎてゆく。
そして、「そう、確信したの」と結んだ。
それをいった彼女、ユウナといった少女の決意に満ちた目が、コウを真っ直ぐに見上げている。
だけど彼はそれに否定することは出来なかった。
意味は分からないままに、その彼女の真っ直ぐな瞳からそらしてはいけないと直感した。
決断は一瞬でできる。
後悔は後ですればいい。
彼はそう決意した。
「分かったよ」
そういってから、深く息を吸い込んで、次の言葉を発した。
「ユウナっていったっけ。僕は、僕は、キミの相棒、ペアになる。たったいま決めた」
ユウナが口に手を当てて驚いている。
「ほんとうに、本当にいいの」
「うん」
「本当にわたしのペアになってくれるの」
「うん、決めた」
ユウナかジャンプして喜びを全身であらわした。
「やっっったー」
子供っぽくピョンピョンと跳ねている。
その度にワンピースの短いすそがひらひらとめくれ、太ももが露わになった。
彼が眩しさと恥ずかしさで目を背けていると、ユウナが顔をのぞき込んできた。
「ね、いこ」
「ど、どこへ」と、いうしかない。
まだ来て時間が経っていない。
何も知らないのだから。
「いゃあねえ、二人が信頼を確かめ合う場所なんて、一つに決まっているじゃない」
そういうが早いか、ユウナはコウの手を取って歩き出した。
──も、も、もしかして、信頼を確かめ合う場所って、やっぱりあれかぁ、あそこの事なのか。この展開の早さ、僕、間違ってエロゲ選択しちゃったかな?
コウがそう戸惑うのをよそに、しっかりした足取りでユウナは突き進んでゆく。
どの道も一度も躊躇することもなかった。
やがて二人は表通りとは様相の違う、猥雑な店が立ち並ぶ路地に入る。
肌の露出もあでやかなサキュバスのお姉さんが店頭で呼び込みをしている、そんな界隈だ。
──なんだか大胆な子だな、ここではみんなこんなんだろうか。
路地にみるからに危なそうな数人の男性がたむろしていた。
手すりにや壁にもたれかかり、煙草をくゆらせて酒ビンごと飲んでいるという、まったくもうお馴染みの荒くれたごろつきってスタイルだ。それっぽい派手な化粧の女性がまでもが居た。
「よう」
ごろつきの一人が手を上げた。そしてこういった。
「ユウナちゃん、今日も可愛いねえ。こんどまた行くからサービスしてくれよ」
どうもこの少女とごろつきは顔なじみらしい。
ユウナは満面の笑顔で手を振って挨拶を返している。
それを見て、彼、コウは次ように思う。
──というか、サービスってなんだ。
そういうお店で働いてんの、この娘。
こんな荒くれが行くようなお店。
サービスって、あんなことやこんなことをする大人の階段サービスのこと?
これから俺もそういう所に連れて行かれるのか。
どうしよう、まだ心の準備かできてない──。
と、ちょっとニヤけ始めたとき、あることに気がついた。
──まてよ。
あんなごろつきとサービス。
あんなごろつきとサービスのセット。
はっ、いかん。
これはいけない組み合わせでは。
あんなサービスやこんなサービスを受けている最中に、ごろつきがやって来るんだ。
そんで身ぐるみ剥がされるんだ。
それだけでは飽き足らずに、ステータスカードまで取り上げられて、これをかえして欲しかったら大金もってこいとか言われるやつだ。
こっちの世界にも警察とか取り締まる組織はあるだろうけど、「民事不介入でして」と困った顔をされて手助けできないケースだ。
これはいけない、これは。
彼女が積極的なのも分かった。
右も左も分からずにもの珍しそうに歩いて、注意力散漫になって、轢かれそうになって、それで転んでいる人間なんて、カモだ。
こうやって声を掛けたらホイホイと着いて行くし。
これはワナだ。
うかつで、初心な僕だから簡単に引っかかったんだ。
やばい、参加初日、初めてのイベントにしては難易度高すぎだろう──。
心臓が早鐘のようにバクバクと心拍している。
──何が後悔は後ですればいいだ。もう後悔しているし。
断らなくちゃ。
きっぱりと。
でないと、『異世界借金生活始めました』なんてタイトルになってしまう。
あ、それありだな。
もうあるか既に。
いやいや、そんな馬鹿なこと考えている場合じゃない。
言うんだ。
ちゃんと、きっぱりと──。
彼は決意を口にする。
「あの、僕、今日来たばかりで、お金あまり持ってなくて、あの、その」
そうおずおずと切り出すと、彼女が振り返る。
「分かってるわよ、だからここへ来たんでしょ。ほら、着いたわ」
彼女が両手で示したその建物の看板が掲げられ、そこにはこう書いてあった。
「馬、小屋」
そう読めた。
「そう、冒険者が最初に訪れる所といったら、ギルド、ショップ、そして宿屋か馬小屋でしょ。最初の二つはもう済ませてあるみたいだから、後はもうここしかないじゃない」
拍子抜けとはこのことだった。
初見殺しイベントが始まったと思ったら、ただの考えすぎのビビりでしかなかった。
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