本 編

第1話 いきなり何か出た

 少年コウはギルドの雑踏にいた。

 たったいま登録を済ませたばかり。

 登録キャラメイクは、正直、面倒くさいの一言に尽きた。

 でも、あれもこれも、この作り込まれた世界で堪能するために必要な儀式として受け入れる他なかった。


 服装は登録ボーナスと課金のポイントで用意した簡素なもの。

 あまり贅沢は出来ないので、初期装備はクエストを見つけてから購入しようと後回しにしたのだ。

 こうして移住型VRMMO『アルカンディア』に参加した初日が始まった。


 ある種の儀式めいた感覚で、ギルド受付でもらったステータスカードをコウは見る。

 ゲームではお馴染みすぎるやつだった。

 これで能力値や習得した技や魔法などを確認できる。

 この手の世界では用意されていることが多い。

 もちろんここ『アルカンディア』でもそうだ。


 だけど、コウはカードの一項目に目がとまる。

 特殊スキルの項目には、ある見慣れない能力が記載されていたからだ。

「デス・レイって、なんだこれ」

 そう首をかしげる。


 ──初期の冒険者ガイドにも載ってなかったスキルだ。もしかして、オリジナルスキルってやつかな。


『アルカンディア』のワールドでは独自の魔法や術、あるいはスキルが授かることがある。

 これはこの世界が持つ特徴の一つだった。

 その人のもともと持っていた、もしくは学んだ知識やひらめきを管理AIが引き出し、能力として付与するというものだ。

 そして希に登録直後に備わっている場合があるという。


 だけど、使い方が分からなかった。

 受付でも説明がなかった。

 カードの裏にも記載されていない。


 それもその筈だ。

 オリジナルスキル発動のトリガーは自分で見つけることが法則だったからだ。

 だってこの世にたった一つのスキルがあったとして、それを他人から教わるというのも変な話でもある。


 ──これはあれだ、確か自分で見つけろってことなんだっけ。


 自分のスキルなんだから自分自身で発動方法を解明しろってことなんだと、そう理解したコウは、カードを胸ポケットにしまってギルドを出た。



 ──さてと、どこに行こうかな。お約束で酒場、飲食店でも行こうか。


 そう思案しつつ足を進める。

 ギルドは街の中心部にあるので、人が多くて賑やかだ。

 雑踏はヒューマノイドタイプだけではなく、獣人というかもっと人型のケモミミも数多い。だから見ているだけで飽きない。


 コウは行き交う人々に目を奪われ、それで注意力が散漫になっていた。

 だから不意に石畳の道路に飛び出してしまった。

 そこへ勢いをつけた荷馬車が走ってくる。


 二頭立ての重量物を運ぶタイプだった。

 物語でよくのんびりと蹄の音を立てて歩いているやつ。

 でも、いまコウの前に迫っている馬車は、爆走している。

 

 そりゃあもう勢いよく。

 馬の首が激しく上下して、突き進んでくる。

 コウは思わず後ろに下がる。

 だが身体が思うように動かない。そして足がもつれて後ろに倒れる。


「うわっ」


 思わず右手を突き出し、掌をかざして身を守った。

 御者が飛び出した少年に驚き、馬車を必死に止めようとしている表情が見えた。

 馬がいなないている。


 ──ダメだ、間に合わない。


 と、見ている誰もが思っている。

 それは今まさに車輪の下敷きにされようとしているコウ自信が一番痛感している。


 人間は驚くと、瞬間、身体が過敏に反応する。

 神経に信号、つまり電気が走るからだ。

 脳が考えて決断と行動を指示しなくても、運動神経が反応するように出来ている。防衛本能の一種だ。


 だけど、彼、コウの全身を駆け巡った信号は、差し出した右腕、そして右手に集中している。

 集中して、内部でふつふつと泡立つ感じがした。

 そしてかざした腕の中を突き抜けてゆく。


 ブオンッ。


 何かの低い唸りを伴った圧力が掌から迸った。

 そんな気がした。

 気がしたというのは、それが目に見えなかったからだ。

 だけどコウは確かに何かの放射を感じた。


 そしてそれは彼に向かって突き進んでいる馬と、必死に止めようとしている御者も同じだった。

 何か大気の塊のような物、圧力が自分達に当たった気がしたのだ。

 特に馬は顕著にそれを感じていた。だから気を削がれて進行方向をそらし、急速に停止した。


 ブヒヒンッと馬がいななき、ガララッと車輪が止まる。


 尻もちをついているコウは、すんでの所で馬車に轢かれるのを免れた。

 肩で息をしている。

「大丈夫か」と周囲の人から声をかけられたものの、生返事を返す彼の頭の中は、手から出た何かでいっぱいだった。


 ──あれはなんだったんだろう。恐怖による異常体験だろうか。


 右手を見ながら考えているコウ。

 そしてそれを見つめる少女が居た。

 彼女はコウがギルドから出てきて轢かれそうになるまでの一部始終を見ていた。

 そして掌からの放射を感じ取っていた。


 ──間違いない、あの人は、きっと。


 少女はコウに向かって歩き出した。

 ちょうちょなく決意する。

 その意思がかかとに、繰り出す足に現れていた。

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