【第二章】地獄の釜の蓋


マリ所長に一度だけあった時、羨望の眼差しを感じた。惑星アバタモを統括するエリートも父の顔面偏差値には及ばないから。ψ業者は顔で人間を格付けする。

ψクリーム負けした私の数値でも彼女より高いから。だからこそマリは顔向けできない相手を消したかったのだ。そして彼女は真実を隠す仮面を被った。

口火を切ったのは所長だ。ジェノサイドが止まらない。地獄の釜の蓋が開いた。囚人が看守を虐殺し刑務所から細菌兵器を持ち出した。

ダウム3号―私が乗る予定の船だ―が来る迄一切の介入するなと要求した。さもなくばウイルスをばら撒くと脅した。

所長は父に対応を命じた。彼は住民に事情を説明し避難に協力することを提案した。しかしマリは臆病者だった。

失態が公になれば自分の顔が知れ渡る。そこで自己保身欲求を体制の温存に切り替えた。

事態の露呈は組織の存亡に関わる。ψの供給にまで影響が及べば人類は宇宙から撤退を余儀なくされる。その弊害は美醜戦争の再燃に繋がる。

「多少の犠牲はやむを得ない。戦死者の比ではない」

そう強弁した。

彼女は人の死に顔を知らないのだろう。死因はどうあれ死は死だ。


「美麗ウイルス? 誰が何時何の目的で」

幹部が一斉に青ざめた。

「囚人たちは美意識からの解放を宣言してます。ウイルスが全宇宙に拡散すれば不美人は絶滅するでしょう。定量化可能な価値観が再興します。例えば金とか。疫病よりもっと多くの…」

右腕のアンが遮った。「私は由来を聞いているのです」

すると所長はさらに皆を暗い顔にさせた。

ψの枯渇や何らかの異変で供給が途絶えた時の逆流防止弁だ。宇宙開拓者から帰郷する動機を奪う。いわば保険なのだ。その使用は同時に惑星植民を担うコスメ会社の消滅を意味する。

「説得や避難準備の指示する時間はありますか? 大佐」

返答に悩む父にマリは現実をつきつけた。

「地獄を隔離します」

「状況次第ではアバタモの焦土化作戦も選択肢ですか」、とアン。

所長は浮かない顔をした。


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