paw-09 狩りに行こう! - 04

「――時が、動く……」

 眼前の水晶球に揺蕩たゆたう光を見つめながら、聖女は誰に言うとも無く呟く。

 その猫目石を思わせる黄色い瞳をきゅっと細めると、

「リータ、貴女あなたは……また……」

 そこに居ない誰かに呼びかけるように、深く深く、溜息を吐いた。


=^・×・^= =^ΦωΦ^= =^・△・^= =^◎ω◎^= =^・△・^= =^ΦωΦ^= =^・×・^=


「さてと、腹も括ったところで、範囲攻撃と遠距離は任せていいか、モンシャ?」

「うん、上手く出来るか自信は無いけど――やるしかないよね」

「ご主人ならぜーったいに大丈夫です!」

 全幅の信頼を表してにーっと笑うコロン。だからハードル上げないで……

「撃ち漏らした奴らは頼んだよ」

「おうよ! お前と坊主には爪一本触らせねぇよ!」

 周囲を取り囲んだ野犬の群れが次第に範囲を狭めてくる。

 1匹だけ一際大きい真っ赤な犬が遠くからこちらを伺っているが、おそらくはあれがリーダーだろう。

「あのデカいのを先ずやっちまう、ってのは無理そうか?」

「いや、あいつ賢いね。その前に目の前のこいつらが一斉に掛かってくるから――」

「だよなぁ――くそ、あいつらも居りゃ楽勝なんだがなこんな奴ら」

 かつて彼らが組んでいたパーティでは、ハーシィともうひとりの魔法剣士が近接を、モンシャが遠距離と範囲攻撃を担当し、最後のひとり、パーティ唯一の女性が近接防御と治癒を兼ねた魔導師だった。

 従ってこういった局面では、彼女が鉄壁の防御魔法を張り、モンシャが大火力で戦力を刈り、彼らの護衛と撃ち漏らした分はハーシィともうひとりの彼が残さず討っていた。――"死角無し"と讃えられたパーティ"インヴュネラブル"の必勝メソッド。

 しかし今は、近接はハーシィが居るとしても防御が全く出来ない。彼が討ち漏らしたが最後、火力担当のモンシャが倒れたら全滅待ったなしだ。

 そうこうしている間にも、野犬たちは低く唸りながらじりじりと近づいてくる。そろそろか――

 モンシャは小さな声で超高速の詠唱を始める。

「"火焰障壁ミュルフランメ"」

 彼らを中心に、直径数メートルの範囲に突如として炎の壁が出現した。

 飛びかかろうとした10頭ほどはもろに突っ込んで一瞬で灰と化し、外側から続こうとした一群は慌てて立ち止まる。

「ぅわー! ぅわー! す、凄いですーご主人ー!!」

 コロンは眼前の危機など忘れたかのように興奮している。茶虎の耳がぴこぴこと揺れている。

「とは言え、このままって訳にもなぁ……」

「これで諦めて引き上げちゃ……くれなさそうだね……」

 確かに、これを展開している間は向こうも下手に突っ込んではこれないが、こちらも身動きが取れない。

 しかも、モンシャの魔力か体力が尽きた時、此彼の戦力差は瞭然。

「何にしろこのままじゃ二進も三進も行かねぇな。くそっ、あの親玉だけでもどうにかできりゃぁ――」

「――一か八か、やってみるか」

「お! 何かいい手があるのか?」

「一対一なら、あのリーダー、仕留められそう?」

「け! 誰に言ってんだ、このやろ!」

 翠色の眼を炯々と光らせて嘯くハーシィ。

「アイツの所まで道を開く。あとは君の身体強化で一気に――」

「おぅよ! 任せな!」

 しっかりと頷き、再び詠唱を始めるモンシャ。

「"火焰障壁ミュルフランメ"、拡張グロシス

 彼らの周囲を囲っていた炎の壁が勢いを増し、接近していた野犬の群れを飲み込む。

「――"一気通貫ペネトラシォン"」

 その壁の一部が一瞬、崩れる。次の瞬間、そこから遠巻きに見ていた野犬のリーダーと思しき巨大な赤犬に向けて両脇を炎で囲まれた道が出現した。

 既に自らに最大限の身体強化魔法を掛けていたハーシィは、阿吽の呼吸でその道を一直線に疾走する。それは野犬ですら追い付かない程の速度だった。

 それにいち早く気付いた赤犬は、逆にハーシィに牙を剥いて突進してきた。

「やらせるかよぉぉぉっっっ!!」

 長槍を真正面に構えたハーシィはそのまま一気にそれを突き刺す――と読んだのか、赤犬は一旦右にステップして、斜め方向から彼に飛び掛かってきた。

「舐めンなぁぁぁ!!」

 そこまでは折り込み済みだったのか、ハーシィは長槍を強引に横薙ぎに払い、赤犬の背を強かに打ち据えた。

 鮮血を吹き出し地面に投げ出される赤犬。が、そいつは意外にしぶとかった。

 ハーシィの後方に投げ出されたのを幸い、目の前に見えるモンシャとコロンに向かって走り出したのだ。

「――しまっ…!!」

 ハーシィが素早く踵を返すが、一歩間に合わず、長槍は空を切る。

 全力で追い縋るハーシィ、一瞬、詠唱が遅れ、身動きが取れないモンシャと固まっているコロン。


『――ぬし様!!』

 その声が聞こえた瞬間、赤犬の動きが止まったように見えた。

 モンシャの詠唱がもう少しで終わる――が、まだ間に合わない。

 もう駄目か――モンシャも、ハーシィも覚悟を決めた、その時。


「キャンっっっ!!」

 その赤犬が地面に転がっていた。


=^・×・^= =^ΦωΦ^= =^・△・^= =^◎ω◎^= =^・△・^= =^ΦωΦ^= =^・×・^=

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る