変身

 思い出の場所なんてたくさんありすぎる。昔友達とサバゲ―をした竹林、小さいころ父さんとカブトムシを捕まえに行った森、部活終わりに西山と買い食いをしていたコンビニ、河川敷に作ったけどその年の夏には雨で流されてしまった秘密基地、小学校、少年野球チームに入っていた時にはしょっちゅう行っていたバッティングセンター。全部、思い出をなにもかも話した。まだ涼しい春の始まりの気温の中でも、ぼくらは額に薄い汗をかいていた。さすがにこのあたりでいったん休憩することにした。バッティングセンター外の自販機でポカリを買って、ベンチに腰掛ける。

 ──大丈夫?そろそろ終わりにする?

 ──もうないの?思い出の場所。

 ──いや、あるにはあるけど。疲れてないの?

 ──大丈夫、まだまだいける。

 彼女からポカリを受け取る。中身は三分の一くらい減っている。大丈夫と言ってはいるもののそこまで大丈夫ではないだろう。もう少し休むことにした。幸いバッティングセンターは小高い丘の上にあるから風が心地いい。腕時計を見ると三時過ぎ。もう少しだけまわって、あのカフェに行ってもいいかもしれない。

 ──よし行こう。

 彼女がスッと立った。それならいこうか。

 緩い下り坂を下る。


 僕も妹もこの神社で七五三をした。千歳飴以外にも何やらいろいろくれる気前のいい神主さんだった。小学四年まで通っていたピアノ教室。優しい先生だったけど、ハノンだけは厳しく指導された。中央公園。大きな芝生だけが取り柄の、他には何もない公園。小さいころ父さんとよくキャッチボールをしていたと思う。そうだ、この畦道だ。小学生の時友達と話しながら前を見ずに自転車を運転していて、気づいたら田んぼに転げ落ちて全身泥まみれになった。ここは母さんがよく連れて行ってくれたカフェで、キャラメルマキアートが好きだった。ついでだし、一個買っていこう。きっと藤村さんも気に入るはず。思い出の場所って言ったらこんなもんかな。あ、あと一つあった。最後にそこに行こう。


 空は綺麗なオレンジだ。

 行先は滑り台公園。


                  *


 滑り台公園。ここが一番の思い出の場所かもしれない。小さいころは、友達と遊びに行くっていったらたいていこの公園に集まった。毎日のように。そしてそれだけじゃない。この間、僕がきみに想いを打ち明けて、きみがそれを受け止めてくれたこと。うれしかった。

 正直僕なんていてもいなくても変わらないと思ってた。運動も勉強も世間から見たらそこそこだ。上には上がいるし、何か特技があるわけでもない。人から特別愛されることなんてないと思ってた。そんな僕と比べて、じゃあ例えば、佐藤はサッカーが上手いし話がおもしろいし、一緒にいて楽しいと思える奴だ。こんなこと絶対本人の前じゃ言わないけどさ。千田とか小林はどんな人に対しても明るく接するし、それは藤村さんも同じだ。僕にとっては、みんな輝いて見えた。人から愛される、「確固たる」なにかをみんな持ってて、それは僕には無いと思ってた。

 でもよく考えればそれは違ってた。よく考えれば、もし僕に何の価値もないなら、ずっと友達でいようなんて思わない。それにそれは、僕と積極的にかかわってくれる友達に対して失礼だ。小学生の時から仲がいい佐藤はたぶん、僕が気付いていない僕の何らかの魅力っていうか、僕の「何か」を良いと思ってくれているからずっと友達でいてくれてるんだと思う。「友達でいてくれる」っていう表現、あんまり好きじゃないけど、まあうん。そんな感じ。

 僕はそのことに気づかず、ずっと自分のことを「何にもない人間」だと思ってた。そうじゃないってことに気づかせてくれたのが、君だ。君のおかげで、僕はじつに多くの人から大事に思われているんだってことに気づけた。見えなかった、見ようとしなかったものを見せてくれた。

 そういう意味で、この公園は一番の場所。小さいころの純粋な心とか思い出が残ってる場所で、それにちかいものを取り戻せた場所。自分が生きてることに何の疑問も持ってないころ。自己肯定感っていう言葉は浅はかすぎて使いたくないけど、それに似たものを得られた場所。


                  *


 語り終わって少し恥ずかしくなった。しばしの沈黙。彼女はずっと聴いてくれていた。そういうところがいいなあと思う。もし僕が彼女の立場なら、こんな独白を聞かされたらクサくて仕方なくて笑っているかもしれない。……いやさすがにそれはないか。

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