第12話 前哨戦

 ノールエスト対レムナンティアの戦争が勃発して、三年と少し。

 戦況は激化の一途をたどっていた。

 もともと国力で数倍以上の差がある戦にもかかわらず、『死神』『烈風の魔女ブラスト・ウィッチ』という個の最強戦力の参加により、戦線は数的不利側が、有利に戦場を支配するようになった。

 しかし戦争は、長引けば長引くほど国が疲弊していく。細かな出費による、度重なる増税などを繰り返したせいで、王国民の不満も高まっていた。

 そのため、彼らの支持を得るべく、クラウドは最終決戦の戦場に赴くことを宣言する。民衆の眼が集まる中、王自らが敵を制圧し、勝鬨をあげると言い放ったのだ。

 そんなパフォーマンスまでされては、民は王を信じるほかない。

 良くも悪くも、王都は熱狂に包まれていた。

 ——一方の帝国軍とて、着々と決戦の準備を進める。

 単純な力比べではことを理解した彼らは、搦手を用いた裏工作を幾重にも張り巡らせていた。

 もはや帝国においては、『「死神」と「烈風の魔女ブラスト・ウィッチ」、両者との遭遇は災いと同義』とされ、いかに彼女たちとの戦闘を避けるかが、勝利への鍵だった。

 両者の思惑が交わり合う中、月日は流れ——。

 九ノ月二日。

 帝国の重要都市、ゴートタウンに向けて、総勢五万の王国軍が侵攻を開始した。


アイトスフィア歴六三四年九ノ月四日


 夜。

 淡く輝く星の下で、オレは小さく息を吐いた。

「おうおう、何をそんなにたそがれてやがんだ」

「うるせえ、星を見てたんだよ」

 冷やかしの言葉をかけるアッシュに、顔も見せずに答えを返すと、ロマンチストめ、と自然な様子で横に並び立ってきた。

「うまく切り取りゃ、それなりの絵が完成しそうだったぞ。お前、モデルになれるぜ?」

「一応聞いとくが、男向けか、女向けか、どっちだ?」

「もち、女向けだ」

「よーし、ぶっ飛ばす」

「おー、怖え怖え」

 しょうもない会話だとわかっていながらも、自然と口をついて出てくる言葉の数々。

 普通に聞けば平和な日常の一幕だが、いかんせんこの地は王国と帝国でしのぎを削りあった、ジュラート荒野。かつてグレイス隊とダグラス隊が命を賭して構築し、その後も幾度となく活躍した兵站拠点である。

 現在は、先行して敵陣に斬り込むノールエスト第一旅団と、その補佐をする特別支援部隊であるシルヴァレン隊が駐屯している。

 出撃を前に気を落ち着かせていたところを、気の良い同僚に襲撃されたわけだ。

「…………そういや、レインちゃんの噂っつーか……『評判』、ヒロは聞いてるのか?」

「軍にいれば嫌でも入ってくるぜ。笑わない女、感情のない女、散々なマイナスイメージがついてる割には、あいつを英雄視する奴も多い。みんな勝手だよ」

「そりゃそうか……。前線をここまで押し上げれたのも、シーナさんとレインちゃんのおかげだしな」

 ノールエストの『死神スレイ』の活躍は、枚挙にいとまがない。前線をレムナンティア領まで押し込めたのは、彼女と姐さんの活躍が全てと言っていい。

 この大攻勢でも、必ず鍵となる二人。その片割れが、自身の部隊の上司とは、よくもここまで成り上がったものだ。

「それに……この遠征にクラウド王が出てくるなら寝首をかけるかと思ったけど、一向に前線に出てこないとはな。徹底してやがる」

「あの王様がわざわざ戦場に出てきた理由は、戦うためじゃないからなあ。護衛もガッチガチだしよ。近衛騎士隊の他に、俺らの元上司までいやがる」

「……ヤムハ隊長、か」

「もう隊長なんてちっぽけな役職じゃねえだろ。ノールエスト第二旅団団長、ヤムハ・グレイス侯爵だ」

 そう、ヤムハはグラート平原の戦いの後に、どん底まで落ちたにもかかわらず、「帝国を出し抜く、とある成果」を挙げ、わずかな期間で爵位の格上げを成し遂げた。ついには、大攻勢のために編成された五つある旅団の一つを任されるに至り——その大役が、王の護衛というわけで。

 これについて知った時は、アッシュとともに呆れ半分、感心半分で、「さすがは我らの隊長殿だな」と、複雑な心境で語り合ったものだ。

「まあ、王が武器を取って戦うなんて天地がひっくり返ってもあるわけねえし……。警戒心上げまくりの今じゃ、暗殺に成功したとしても、護衛に嬲り殺しにされるのがオチだぜ。——焦るなよ」

 戒めるように、最後の言葉を低くするアッシュ。

「わかってる。そんな無茶はしねえよ」

 レインを助けることができても、オレが死んだら意味がないのだ。守りたかった相手に守られた挙句、死なれたりすることがあれば、それがどれだけの絶望となるのかは想像に難くない。

「やっぱり、やるなら戦後の油断を狙うのが一番だろうな……」

 ただの一兵卒が王に近づくには、戦勝の論功の場くらいしか機会がない。でも、逆に言えば、確実な好機が存在しうるということだ。護衛も当然いるだろうが、戦時下との意識の差は歴然のはず。強化魔法を最大限に駆使すれば、その場からの脱出は可能だと思われる。

「んじゃ、そのためにも、まず戦いを終わらせねえとな」

 己の手のひらに拳をガシッと叩きつけて、アッシュは口角を上げる。

「そうだな。一歩ずつやってくしかない。アリバイ作り、よろしく頼むぜ」

 さすがに酒じゃなく、ただの水だが、気分的に良くなればいいと水筒を軽く掲げてやった。

「おうよ」

 そうこなくちゃと言わんばかりにアッシュも水筒を掲げる。

 小気味いい金属音が闇夜に響いた。

 ——明日は、出撃だ。


アイトスフィア歴六三四年九ノ月五日


 ゴートタウン城壁より約五〇〇メートル離れた地点——そびえ立つ城壁を見下ろせる位置に、王国軍は突撃の陣を布いていた。

 どんな面かも知らない安全なところで指示を出すしかできないクソったれな旅団長が、あと五分ぐらいで戦闘開始の合図を出すらしい。

 いつまで経っても慣れない時間に、ただただヒロは感覚をピリつかせていた。

「……いいか、お前らに必要なのは経験でも勇気でもない。テクニックだ」

 そんなオレとは対照的に、女ったらしのイケメンは、己より若い部下たちに女の子の口説き方とやらを説いていた。

「優しいだけの男は通用しねえぞ? よく考えてみろ。落としたい女に優しくするなんてのは、当たり前なんだからよ。だったら必要なものは何か? 決まってる。ユニークなジョークだ」

「な、なるほど……勉強になります、先輩」

「そのジョークって、例えばどんなのですか?」

 しかし残念なことに、クソ講義の受講者は二名いる。輝かしい目でふんふんと頷いてるあたり、本気で信用しているのだろう。

「しゃーねえなぁ。じゃあ手始めに、相手が自分に気があるかどうかの確認方法を教えちゃろう。まずはどんな状況でもいいから、女の子と二人きりで会話する機会を作れ。これは最低限の準備だから深く説明はしねえぞ?」

 受講者は二人同時に頷く。

「こういうテクは、日常的な会話で、やりすぎないくらいにねじ込むのがちょうどいい。この季節だと、最近寒いですね〜っつー会話があったりするだろ? そこで男はこう返す。「そうだねー、○○ちゃんに抱き合ったらあったかくなるかも。抱きついていい? ってな」

「え、その発言はちょっと不味くないですか?」

「確かに……。普通の女の子だったら引きますよ」

「甘い! 甘すぎる! だから君たちはんだ」さすがの暴論に反対の声が上がるが、ビシィ! とアッシュは彼らを指差して、「そりゃ気まずくなるのは当然だ。でもだからこそ、その発言の後の女の子の反応を見るんだ。彼女はドン引いてるか? それとも苦笑いか? もしくは笑ってるか? 三つ目ならば君たちの勝ちだ! その子は君たちに気がある!」

「「そ、その心は?」」

「人が心から安心し、信頼できるのは——冗談を言える相手だからだ!」

 ババン! という音が聞こえそうな勢いで、アッシュは言い放った。

 クッソ。最後のだけ若干納得した自分に腹が立つ!

「す、すげえ! そんな気持ちの確認方法があったとは!」

「革命的すぎる……! 今度やってみるか」

 でもやっぱり、受講者くんたちの頭は随分と緩かったみたいだ。もはや教祖と信者の会話かってくらい、見事に一方的で。

 ……どーでもいいけど、モテたいなら周りもちょっとは気にした方がいいぞ、多分。落とすべき対象の女の子からの目線がひでえから。

 奴らには、同隊兵士の女性陣からゴミを見る視線が注がれていた。めんどくさいので、そのゴミにはいちいち教えたりしないが。

「もしもーし。仲が良いのは結構なんだけど、そろそろ合図あるのよ? ちょっとでも遅れたら兵服と装備全てを剥ぎ取るからそのつもりでね。全裸での突撃なんていう滑稽な劇を演じたくなかったら、耳垢の掃除でもしておくことをオススメするわ」

 うるさかったのかムカついたのか、姐さんが会話に割り込んでくる。

「すみません! 裸で踊るのはベッドの上だけで勘弁です!」

 馬鹿アッシュの救いようのない答えに、それこそ空気が凍りつくものの、魔女ねえさんもさる者。

「……あんたの話を聞いてると時々思うんだけど、そのうっすい恋愛観を叩き込んだつまらない女は、いったいどんな面をしてるのか………………始まったみたいね」

 アッシュへの言葉を中断したシーナは、空高く撃ち上がった信号弾を見上げて、言う。

「全員、こんなところで死んだら承知しないわよ。——シルヴァレン隊、前進!」

 ——戦闘開始。

 部隊の面々からは浮ついた表情が一瞬で掻き消え、冷酷な殺戮機械キリングマシーンと成り果てる。

 もちろん、オレもだ。

 ……そう嘯いてかっこつけるくらいがちょうどいい。

 シルヴァレン隊が駆け出したと同時——後方からは派手な砲撃音が響いた。ゴートタウンの城壁に向かって、流星の如き勢いで降り注ぐ『雨』。

 砲撃の着弾音が鳴るたびに、城壁が儚く壊れていく。集中砲火を浴びた城壁の東門は崩れ落ち、瓦礫の山となる。門以外の城壁にも『雨』は注がれ、『道』が作られていった。

 その『道』には、同時に進軍している各部隊が喊声を上げながら突っ込んでいく。

 第一波の砲撃被害を免れた城壁の壁上から、彼らに向かって対地砲が発射されるが効果が薄い。王国の火薬庫の二割を使った弾幕には、さすがに火力負けするらしい。

 後方より、第二波が発射された。瓦礫と化した門をさらに砕くためだろう。破壊された門だったものは、さらに細かく砕かれ土煙となった。

 ——いよいよ、『道』が完成する。

「派手な工事だなぁ、おい! 近くの住民から苦情が来るんじゃねえか?」 

「その住民を黙らせにいくのがオレらの仕事だろ!」

 全力で駆けながらも軽口を忘れない愛すべき馬鹿に向かって、全力でツッコミつつ。一直線で『道』へと走る。

 ——うおっ、危ねえ! 

 今さっきオレがいた場所に銃弾が弾けた。よく見ればトーチカに敵が少々。もう城壁なんて落ちたも同然なのに必死に敵を狙っている。

 オーケイ、これこそが戦争だ。

 絶望的な状況は泣いても喚いても変わらない。やることといえば手と足を動かすことだけ。

 そんなトーチカに雷魔法だかなんだかがぶち込まれたことを傍目で捉えた直後に、第一旅団の部隊の一つが「道」へと突っ込んだ。

 彼らが壁内に踏み入った数瞬後——先頭にいた兵士たちが肉片となって吹っ飛ぶ。

 馬鹿かあいつら! レインや姐さんへの対策に、対人地雷を敷き詰めた陣地張ってるイカれた連中を相手にしてることくらい、とっくにわかってるだろうが!

 というかだいたい、一番槍なんて危ない役回りは死んでもごめんだ。……まあ、王に近づくには、死ぬ気で手柄を立てる必要があるけれど、かといって「運」に身を任せるのは命がいくつあっても足りやしない。

「何してる⁉︎ さっさと突入しろよ‼︎」

「馬鹿言え! バラバラになっちまう‼︎」

 惨憺たる光景を前に、後続の部隊が足踏みしているところで、シルヴァレン隊は門前にたどり着いた。

 ……なに。

 心配しなくとも、『大工』はうちの部隊にもいるぜ。

「——吹き飛ばせブラスト

 轟‼︎ と。烈風かぜが吹き荒れた。

 姐さんの手から放たれた突風は、壁内へなだれ込み——地面を抉る。ライトアップされるかのように次々と起爆する地雷は、一種の芸術だった。

 その爆風をも風で吹き飛ばし、一仕事終えたとばかりに手をパッパッと叩くと、

「さ。あたしたちが一番槍よ」

 めちゃくちゃドヤ顔で、言い放った。

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