第26話 目下炎上中

 一晩経ってもSNSからの通知は止まない。スマホのロック画面がこの件に関する通知で埋まるのが嫌で、一旦アプリからの通知を切った。

 どれだけネットで炎上していようと、仕事には行かなければならない。ネット上ではあんなに叩かれているのに、日常生活はいつも通りで、そのちぐはぐさに余計混乱しそうになる。仕事中はなるべくこのことを考えないように努めた。

 仕事が終わってからもひがおさんからのメッセージは返ってきておらず、通知欄は相変わらず地獄の様相を呈している。案の定昨日の私のツイートは火に油を注いだらしく、ひがおさんのファンから熱心に暴言を吐かれていた。ひがおさんは確かにフォロワーが多いし、活動歴も長いけれど、ここまである意味情熱的なファンがいるのはすごいな、なんて他人事のように思い始めてすらいる。

 時間が経って冷静になるにつれ、リプライで暴言を吐いてくる人間は数人で、同じ人がいくつも送ってきていることに気が付いた。それなら、と思ってその数人をブロックしたけれど、なぜか別のアカウントを作ってまでリプライを送ってくるので、もう無視を決め込んでいる。

 ひがおさんからのメッセージを待つため、SNSの画面をPCでつけっぱなしにしていると、通知欄に流れてくるリプライに何やら掲示板サイトのURLが貼られているものが見えた。タイトルは『ひがおが底辺VTuberと揉めてる件についてwww』。

 わかりやすく人を煽るタイトルだなあとも思いながら、好奇心に駆られてURLをクリックする。やたらとピンク色の強い広告をスクロールしていくと、この炎上に至った経緯がまとめられ、その下にいくつかコメントが並んでいた。


『またVTuberかよ、いっつも燃えてんな』


『これV側契約してないって言ってるしマジでしてないんじゃね?

ひがおって前もなんか問題起こしてた絵師でしょ』


『ひがおなんかやたらグチグチ言ってるしマジでそれはある』


 こんな掲示板のことだからもっと酷い言葉が並んでいるのかと思ったら、私よりひがおさんの方が責められていて拍子抜けする。


『親ガチャ失敗とかVも大変だな』


『こいつひがおのことママとか呼んでなかったし、やべえの見抜いてたんだろ』


『熊白ゆきとかいうやつはママに気に入られてるけど枕でもしてんの?』


 そんな文字列が見えて、ゆき姉のことをハッと思い出した。このゴタゴタで一瞬記憶の隅に置かれていたけれど、ゆき姉からも返信はきていない。画面をSNSに戻し、フォロー欄からゆき姉を探す。何スクロールかすると、彼女のアイコンが見つかった。どうやらブロックはされていないらしい。けれど彼女のツイートは、ひがおさんのあのツイートがされた時間以降更新されていなかった。


 確かにゆき姉とひがおさんは親子コラボと称して配信することがよくあった。ひがおさんはゆき姉のために描きおろしのイラストや、配信のファンアートをよく描いていたし、純粋に仲がいいんだと思っていた。

 「熊白ゆき」はひがおさんが初めて立ち絵を担当したVTuberらしい。だから二番目に担当した私や、私より後にデビューした企業勢の「エーリカ」よりも思い入れがあるのはわかる。けれど彼が描くイラストは圧倒的にゆき姉のものが多くて、私のものはほとんどなく、エーリカの絵も依頼されて描いたことがわかるものしかない。何が彼をそうさせているのだろう。


 二人の間にどんな関係があるのか私は知らない。けれど、ゆき姉のSNSが更新されていないということは、彼女にも何かあったか、それとも思うことがあって沈黙しているのか、とにかく理由がきっとあるのだろう。

 もしかしたら、ゆき姉はひがおさんの発言の理由を知っているかもしれない。そう思い、私はスマホを開いてメッセージアプリを起動した。

 暴言の数々にはすっかり慣れてしまったけれど、それでも解決できるものならしたいし、そうでなくてもせめて理由を知りたい。何よりこのまま私だけ耐えなきゃいけないのがつらかったし、「月島ヨナ」がかわいそうだった。


『ゆき姉、ひがおさんのあのツイートについて何か知ってることはありませんか?

私から連絡してるんだけど、返ってこなくて……。何か知ってることがあったら教えてください』


 どうか、返信が来ますように。そう願いながら送信ボタンを押した。

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