第24話 契約違反
画面を見ている間に増えていく通知にぞっとする。怖くなってスマホをポケットに突っ込むと、逃げるように休憩室を出た。とりあえず家に帰ろう。ここに立っていても何も変わらない。カバンの紐をぎゅっと握りしめ、速足で帰路につく。店から家までは大体歩いて二十分くらい。その道がやけに長く感じた。
家に飛び込むように入り、PCの電源を入れる。その間にもスマホには何件も通知が入ってきた。ようやく起動したPCを操作し、SNSの画面に移行すると、せわしなく動く通知欄が見える。
「……なにこれ」
並んでいるのは見たことのないアイコンばかりで、そもそも反応しているのは私がツイートしたものではない。私にメンション付けられたツイートだ。その内容が明るいものでないことは、通知欄のいいねやリツイートの間に入るリプライの言葉が物語っている。
そのツイートは、私の立ち絵を担当したひがおさんのものだった。ツイートには『月島ヨナ(@yona_tukisima_)さんの引退について』と書かれており、画像が一枚添付されている。昨日の配信で彼を見かけた覚えはない。
画像にはスマホで書いたのであろう文章が写っていて、こう書かれていた。
『昨日の配信で、私が立ち絵を担当している月島ヨナさんが引退を発表しました。
私には一切の相談はありませんでした。
これは私との契約違反に当たります。
それに月島ヨナさんはここ半年ほどまともに活動をしておらず、この一カ月に関しては、配信や、SNSの更新すらされていない状況でした。
もちろん彼女の活動に関して、私自身忙しかったこともあり、気にかけることができなかったのは悪いと思っています。
ですが、この行動はあまりにも身勝手なのではないかと思いました。
私はこの件について深く言及する気はありませんし、彼女を訴える気もありませんが、他の方にこういうことが起きたときのための情報提供としてこのツイートを残しておこうと思います。』
全く意味が分からず、三回ほど文章を読んだが、それでもひがおさんが何を言いたいのか理解できなかった。そもそも彼と私は、活動内容に関して何の契約も交わしていない。ただVTuberの活動のために立ち絵を描いてもらっただけだ。
彼はデザインのイメージを固めるために二人でDMをやり取りしている間、『あなたの活動が僕の実績にもなる』と度々話していたけれど、まさかそれを契約とでも思っていたのだろうか。
いや、この文章はそもそも契約の内容が書かれていない。活動に関して何か契約をしていたと勘違いされるような文章を書いているだけだ。それに彼の中で勝手に自己完結しており、ただ私を悪人にしたいだけに見える。
そう気づいて思わず舌打ちをした。こうまでして、彼はいったい何がしたいのだろう。そう考えている間にもツイートはどんどん拡散され、「月島ヨナ」は悪人にされていく。それがたまらなく悔しかった。
ひがおさんはフォロワーが十万人ほどいる有名な絵師さんだ。それに活動歴が長いため、彼の言葉を信じる人は多いだろう。今私が違うと弁明したって、きっと責める声が増えるだけだ。
はあ、と大きなため息をついて椅子にもたれかかる。ただ静かに引退したいだけなのに、どうしてこんなことになっているんだろう。彼のツイートのリプライには、『ひどい……ひがおさんは何も悪くないですよ!』や『勝手に引退するなんてひどいVTuberだ。ママに恩とか感じてないのかな』なんてこっちの状況を考えないコメントが並んでいる。
意味の分からない状況に呆然としながらPCを操作していると、メールボックスに見たことないほど通知がきているのに気が付いた。クリックしてみると、それは匿名のメッセージサイトからの通知だった。
メッセージサイトには、ひとつひとつ読むのが馬鹿らしくなるほどたくさんの暴言が届いていた。今まで悩んでいたリスナーからのいじりが可愛く思えるほどだ。わざわざこのサイトへのリンクを見つけて送ってきたのなら、ひがおさんのファンは随分暇な人が多いらしい。
悲しくはなかった。ただ腹の底から怒りが湧きあがっている。他人の勝手な言葉で、「月島ヨナ」が傷つけられているのが許せなかった。
「どうしようかな……」
とはいえ、今の私にできることはない。そんな事実はないとツイートしてもいいけれど、余計に荒れそうだ。予想外の出来事に頭が痛くなる。対処法も思いつかないまま、通知が増えていくSNSをぼーっと眺めていた。
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