第23話 大量の通知

 スマホからアラームが鳴って、ハッと目を覚ます。反射的にアラームを止めたけれど、一瞬今の状況が分からなかった。昨日は確か引退の報告の配信をして、それからどうしたんだっけ。

 まだ回らない頭を動かして、昨日のことを思い出す。そういえば配信が終わった後、寂しい気持ちを誤魔化すためにお酒を飲んでそのまま寝た気がする。そんなに量を飲んだ記憶はないのに、頭が思い出したようにガンガンと痛んだ。

 のろのろとベッドから起き上がり、洗面所へ向かう。電気をつけると、泣いていたせいで腫れた目と体調の悪そうな自分の顔が鏡に映った。


「リスナーには見せらんないなあ……」


 そんな当たり前のことをつぶやいて、自分の酷い顔を見ながら笑う。たまに中の人の顔も出して活動している人がいるけれど、ああいう人はすごい。現実の自分にも自信があって、なおかつVTuberとしても優れた話術なんかを持っている。私は何も持っていなかった。

 でもせめて、最後くらいはきれいに終わりたいな、と思いながら顔を洗う。何はともあれ今日も仕事だ。二日酔いで頭が痛かろうと、泣きはらしてひどい顔をしていようと働かなくてはいけない。多分こんな顔では店長に叱られると思うけれど。

 服を着替え、家を出る。引退までに配信をするかどうか考えないといけないな、と思っているうちに職場に着いた。


 裏口から休憩室に入ると、たまたま店長がそこにいた。あ、と思う間もなく店長が大股でこちらに近づいてくる。


「ちょっと、南さんひどい顔じゃん」


「女性に向かってひどい顔は失礼だと思いますよ、店長」


「そうじゃないってことは自分でもわかってるんでしょ」


 笑ってごまかそうとしたが、店長は何かを察したようにため息をついた。明確な理由こそわかっていないだろうが、店長はやけに人の表情の変化に目ざとい。


「まあ、いいけど。お客さんの前に出るときは笑顔でね。それと何か俺が相談にのれることならいつでも聞くから」


 そう言って、店長は休憩室を出ようとする。


「あ、ありがとうございます」


 その背中に慌ててお礼を言うと、店長はこちらに振り向かないままひらひらと手を振った。

 

 荷物をロッカーに仕舞い、エプロンをつけてホールへ向かう。柳くんが先に来ていて、机を片づけているところだった。


「あ、千尋さんおはようございます。……なんかひどい顔してますよ」


「店長と同じこと言わないでよ」


 私も同じように机を並べながらそう返す。


「なんかー、あの、前も同じような顔してたときありましたよね。いつだっけ、結構前なんですけど」


 職場にこんな顔できたことが前もあっただろうか。机を直しながら考えていると、一つの出来事が頭に浮かんだ。多分、テンシちゃんが引退した日だ。

 あの日もテンシちゃんのツイートを見た後に馬鹿みたいに泣いて、お酒を飲んで寝た気がする。でも職場の人に推しが引退して、なんて言えるほどは仲が良くなくて、適当にごまかしたんだ。

 相手が推しか自分かの違いで、結局ほとんど状況が変わっていないことに笑ってしまう。それ以外にもうちょっと自分の生活で何かないのか、と呆れた。


「……なに笑ってるんですか?なんか僕変なこと言いました?」


 きょとんとした顔でそう聞いてくる柳くんに、何でもないよと誤魔化す。柳くんは首をかしげて、変な顔をしている私を見ていた。

 

 今日は土曜日ということもあってか、仕事中は配信のことを考える余裕がないほど忙しかった。ようやく十七時になり、引継ぎを済ませて帰る支度をする。

 ロッカーからカバンを取り出し、スマホの画面を見ようとすると、ちょうど通知が入って画面が光った。いや、今通知が入ったどころか、ロック画面いっぱいに通知が並んでいる。ほとんどはSNSの通知だ。まさか、昨日の引退報告の影響だろうか。

 しかしよく見るとそれは、私のツイートへの通知ではなかった。

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