第22話 伝えなければ、伝わらなかった
「私ね、本当にリスナーのみんなのことが大好きだった。だから嫌われたくなくて、私が我慢すればいいんだからみんなに言うのは違うってずっと思ってたの。でもそしたら、配信ができなくなってた」
引退するからって、こんなものは言い逃げだ。みんなに罪の意識を植え付けるだけだとわかっていながら、どうしても伝えたかった。
「我慢できなくなる前に、みんなに言えばよかったのかもしれない。でも私にはそれすらできなくて、こんな結果になったこと、申し訳ないなって思う。ごめんなさい」
謝って許してもらえるなら嬉しいけれど、許されなくてもいいと思う。誰かが明確に悪いわけじゃないから、私が許してもらう必要も、リスナーが許す必要もない。ただ別の立場にいた人間が食い違ってしまっただけ。「月島ヨナ」はバーチャルの存在なのに、そんな部分だけはやけに人間らしくて笑ってしまう。
「聞いてくれてありがとう。私が言いたかったことは、とりあえずこれで全部かな」
ようやく肩の重荷が下りた気がした。ずっと向き合うのが怖かったコメント欄を眺める。
『話してくれてありがとう』
『ヨナちゃんのことずっと好きだよ……』
『さみしい』
見覚えのあるアイコンがそんな風に言ってくれるのはうれしくて、それでいてなんだかむずがゆかった。ずっと仲が良かった友達と将来の話を真剣にした時のような、そんな恥ずかしさ。
「なんか、暗くなっちゃったね。いや、まあ、それはしょうがないんだけど……。
そうだ、なんか私に聞きたいこととか、言っておきたいこととかある?」
そんなこそばゆい感情を誤魔化すように、笑ってそう言う。ラグのあるコメント欄を待っていると、
『アーカイブはどうするんですか?』
というコメントが目に入った。
「アーカイブ、アーカイブかあ……。え、考えてなかったな、どうしよう」
普通は一番に考えるはずなのに、配信を長いことしていなかったせいか、頭からすっかり抜けていた。今まで身近にいた配信者たちは、引退するときにアーカイブを消すことが多かった気がする。でもそれは、転生先が決まっていたり、自分の活動の中に何か問題があった場合だけだ。
私は「月島ヨナ」のことを消したいわけじゃない。できれば、ここにいた証拠を残したい。消したいアーカイブこそいくつかあるが、すべてを消す必要はないだろう。
『アーカイブ残してほしい!!!』
『もうヨナちゃん見れなくなるのやだから、せめてアーカイブ残してくれんか……』
何より、こんなリスナーからの声がある。なら、私がアーカイブを消す理由はない。
「大丈夫、残すよ。……まあ、何個かは非公開にしたりするかもしれないけど、全部は消さないと思う」
『よかった~~~!』
『ありがとう!!!』
もしかしたら未来で、自分のアーカイブに黒歴史だと笑うことがあるかもしれない。けれど、それも一つの思い出として置いておこう。
「……まあ、とりあえず決めなきゃいけないこととか、言わなきゃいけないこととかはこんなところかな。
今日はそろそろ終わろうと思います。まあ、また引退配信の日程決まったらツイートとかするので、よろしくね。
それじゃあ、また!おつヨナ!」
『おつヨナ~~~!』
『またね!!おつヨナ!!』
気づけば視聴者数は六百人を超えていて、おつヨナ、の文字が流れるのがやけに早かった。普段は見ない人とか、ずっと前は毎日来てくれていた人だとかのアイコンが散見され、嬉しいのと同時に寂しくなる。
配信を切ると、配信中ずっとあった緊張が解け、口から大きなため息を吐き出した。。
「……言っちゃったな」
配信中は緊張していたから感じなかったけれど、改めて自分が引退するという実感が押し寄せる。ここまで一年半、期間にしては短いけれど、私にとっては大きな出来事だった。
色々な感情が湧きあがり、それを何ともわからないまま、目からは涙がこぼれる。椅子の上で三角座りをし、瞼をぎゅっと膝頭に押し付ける。あとは涙の流れるままに任せた。
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