第4話 売り言葉に買い言葉

 あんなに嫌な思いをしていたはずなのに、私はどうして今日もあのゲームの配信をしているのだろう。理由は明白で、やらないとリスナーが増えないし、むしろ減るからだ。

 私ができる配信なんてせいぜい下手くそなゲーム配信か、雑談配信くらいしかない。絵が描けるわけでも、歌が上手いわけでもないから、それ以外にできることがない。幸い私の下手なゲーム配信でも見てくれる人はいる。むしろ雑談配信をするとその人たちが減ってしまって虚しくなるから、私は今日も楽しんでるふりをしてゲームをする。


「きた?きたかな、見えてる?」


『見えてるよ』

『こんヨナ~』


「お、きちゃあ、ありがとー。てことでね、今日もこのゲームやりますけども」


 もたれるときしむ椅子に体重をかけて、キャラ選択画面に移行する。正直どのキャラクターを使ってもうまくいかないから、最近は見た目が好みのキャラクターしか使っていない。


「いやマジでむずいわこのゲーム。人口ちょっと減らないかな!」


『草』

『みんな上手いもんね』


「そ!みんな上手すぎるマジ……あ、マッチングした」


 ガシャン、という音とともに戦闘画面へ変わった。ローディング中に同時接続者数を確認する。始まったばかりだからかまだ三十人程度しかいない。でもこれもいつも通りだ。


「さて、今日こそは勝つぞー!……いやゴミ武器しかないが!?」


『ゴミとか言わないであげてw』

『武器だって頑張ってるんやで』


「役立ってこその武器でしょうが!」


 ほとんどほかの配信者からの受け売りのゲーム知識で、なんとなくのトークをする。武器なんてどれを持ったって結局当たらないんだから意味がない。


「あ、待って敵いる!?いや無理無理、こっち来んな!うわ!」


 ダンダンと銃声がして、視点を変えようと思った時には遅かった。画面があっという間に赤くなって、浮かぶのはやっぱり敗北の二文字。


「いやもう初手はダメだって……弱いものいじめよくない……」


『秒で死んでて草』

『どんまい』

『きたら死んでた』


「配信始めて5分も経っとらんが!嘘じゃん、死亡RTAするな」


 すぐにホーム画面に戻される。さすがに最近はこんなひどい死に方はしなかったから、少しへこんだ。


「いやあ、今日だめかもしれんな」


 茶化しながらそう言ってコメント欄に目を向けると、喉の奥の方がきゅっと閉まった。


『へたくそ』


 今日もいる。相変わらず初期設定のアイコンで、ユーザーネームは「あ」。私が見逃していたのかもう流れかけていたそのコメントは、完全にコメント欄から消えるともう一度打ち込まれた。


『へたくそ』


「うるっさいなあ!へたくそって、知ってるし!」


 そう口走ってから、やってしまったと体中から血の気が引いた。何回もコメントされてるんだから、黙ってブロックすればいい話なのに、思わず反応してしまった。


『落ち着いてもろて』

『ヨナちゃん下手じゃないよ~!大丈夫!』

『次いこ』


 リスナーたちのコメントに目がすべる。書いてある言葉はわかるのに、うまく頭の中に入ってこない。切り替えなきゃ、切り替えなきゃ。


『武器違うの持てば』


 そうコメントをしたのは、「あ」だった。へたくそ以外に文字打てたんだ、なんて口に出せばもっと荒れてしまいそうな言葉が思い浮かび、ごまかすように咳払いをする。


「ごめんごめん……、そうね、次違う武器にしようかな。てか武器選ぶ段階とかじゃなかったけど!」


 笑う、ただ笑う。さっきの発言なんてなかったように、冷えたあの空気を消すように、画面の中の「月島ヨナ」は笑う。でも画面の前の私の顔は、ひどく引きつっているだろう。

 そのあとの配信は、どこか違う世界から自分のことを見ているような、そんな感覚でいつの間にか終わっていた。「あ」はその後も普通にコメントをしていて、私もなぜかそれに普通に返していた。ただ心臓の音がずっとうるさかったことだけを覚えている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る