だいぴんち

”イルミナティなどという組織は実在しません”

”その様な秘密結社は現在も過去にも存在した証拠はない”

”いや、不都合な真実だ”

”隠蔽丸バレ乙w”

K博士のリークは世界を二分した。各国政府は即座に否定したが却って不安を増幅した。

信用失墜した公式発表よりネットの情報が選ばれた。速報性がある。

そして何より感染者個人とその動線を知って感染予防したいと願う純粋な防衛本能が冷静沈着を圧倒した。

彼が行った事はただ一つ。KCウイルスに関する論文の参照先を開示しただけ。

疫病学の権威F教授がさっそく飛びついてお墨付きを与えた。

人工ウイルスであると判明した以上、人々の不安とは病原体より社会病理に向く。

イルミナティ存在の是非よりも、それに対する全容解明が主題となった。

KC肺炎はもう怖い病気ではない。


「疾病とは何か? とどのつまり、自我の存続を脅かす要素の発現に過ぎません。人は誰も本能的に死を忌避し、徹底抗戦する。もちろん個人の力には限りがある。統一戦線を維持するために恐怖を共有する必要がある。そこで際限のない不安が武器になる。未知は脅威と反逆分子を炙り出してくれるのです」


K博士が言うまでもなく魔女狩りが猖獗を極めていた。暗躍していた末端メンバーが表舞台に晒され、追及の手が組織の階梯を駆け上がる。

もちろん、石碑達も黙っていない。まだ操縦可能な秘密警察、存在すら知られていない諜報機関など工作手段を駆使して情報攪乱を謀ったり、追及者の暗殺すら行った。しかし、その強引な手段が逆に人々の疑心暗鬼を増幅させてしまった。

もはやイルミナティ―機械の存在は周知の事実である。

「ぐはあっ!」

突如、南米岩が悲鳴をあげてフリーズした。

「どうしたのだ?」

ボス岩が構内放送で要員を招集し緊急処置を施した。

覆面姿の作業員が首を横に振る。そして黒衣を全員がかなぐり捨てた。

「侵入者です。おげえっ!」

オセアニア岩も機能停止した。点検口が開き、剥き出しの基盤にUSBメモリが刺さっている。

だだちに備え付けの機銃が炸裂し、血の海が広がった。

「うぬう?! どこから侵入した?」

ボス岩は茫然自失していた。


大西洋、静止衛星軌道。

イルミナティ機械のバックアップが青い地球を監視している。

K博士は豪華客船プリンセス号に戻り、人類解放軍の英雄として祭り上げられ、陣頭指揮を執っていた。

「流石です。KCウイルスに脆弱性を設けて奴らを油断させるとは」

若者達が褒め称える。

「でも、この男は私の姪を殺したのよ。怪物よ。可愛い盛りだったのに」

一方で、宝飾で身を固めた貴婦人が怒りを露わにした。

「怪物はお前じゃないのか。自己中が!」

「この非常時にガキの命がどうこう言ってられるか」

女性はたちまち取り囲まれた。

「どっちが怪物なんだよ」

インテリ風の中年男が独りごちた。彼もまた地獄耳の持ち主達によって秒殺されてしまった。


船内の混乱を偵察衛星が中継している。

「K博士のシンパも見下げたものだな」

「霊長類の座から転落すべきは何方でしょう」

石碑衛星達が安全地帯から好き放題を述べていると、アフリカ岩が叫んだ。

「強力な粒子線反応を探知、回ひ、ひぎいっ!」

膨らむ火球に悲鳴が呑み込まれていった。


「怪物が君臨して何が悪い」

K博士の眼球が溶け落ちた。そして3つの複眼と触覚が生えてくる。他の者もめいめいが異形に変身する。

「なぜ私がKCウイルスを発明したかおわかりか? 恐怖心こそが人を一つにまとめ、平和と繁栄をもたらすのだよ」

数名、いや数匹が甲板に躍り出ると顔面がパラボラ状に割れた。そこから眩い光条が蒼穹めがけて迸る。パッパッと閃光が連なる。

「世界征服だの人類の平定だの実に下らん。その悪弊を断ち切る為には人類自身が人である事を卒業せねばならのだ」

K博士がぎょろりと複眼を巡らせると、いくつもの瞳に銀色の物体が写った。それはくるりと旋回すると島ほどもある扁平した円盤に変わった。

K博士の眼前にオレンジ色のスポットライトが灯った。何もない空間にじわじわと輪郭が浮かび上がる。それは人の形をしているが単眼であった。

うにょーん、と触手を差し伸べる。

「ベントラベントラ、宇宙の友よ。ようこそ」

博士一行も頸椎を延長して頭部を触手に絡みつかせた。

「アタラシイ ジダイノ マクアケヲ オイワイシマス」

ぎこちない挨拶が電子音に混じって聞こえてきた。


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VirusChemicalMonster ヴァケモン 水原麻以 @maimizuhara

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