うみはひどいな

人は定期的に非日常を欲する。クルーズ船の魅力は何と言っても、それらの側が日々の暮らしに寄せてくれる点だ。

観光地が宅配される。そう錯覚させるほど船旅は快適だ。朝は輝く海を眺めながらウォーキング。ジャグジーで汗を流し、旅の仲間と語らう。新鮮な焼き魚を箸で解せば潮風が船内新聞をめくる。陶器作りにフリークライム。未体験に挑ませる献立が人生を豊かにしてくれる。

「こんな時にか?」

名も知らぬ人々は金持ちの事情も知らずに避難する。そうだ、こんな時だからこそだ。

疫病が猖獗を極めている事を乗客は承知している。しかしキャンセル待ちに十年もかかる船旅が始まったのはひと月前だ。

そして特別仕様の船には対空消毒レーザーが完備している。

まさに大舟だ。微塵の憂いもない。

人々が気持ちよい風に身を任せているとけばけばしい騒音がデッキを聾した。

「緊急事態? 今日はサスペンス仕立てで来たか! こりゃ斬新だ」

喜ぶ紳士に船員が申し訳なさそうに言った。

「本当なんです」

「いやいや君も演技派だねぇ」

船員は眉間に皺を寄せた。

「これは出し物ではありません」

その脇を悲鳴が駆け抜けた。

プールサイドからビキニ姿のまま一目散に逃げて来たらしい。

デッキチェアの脇にピザが散乱している。のんびり読書などしながら摘まんでいる場合ではないのだ。

富裕層たちは誘導に従って整然と客室に避難した。

船内放送は猛毒性のウイルスが急病人から検出されたと発表。検疫終了まで寄港を延期するという。

「一歩も出るなとはどういう事かね?」

「レーザー砲が故障しまして」

「千基すべてか?あり得ない」

「だから緊急なんです。感染拡大の懸念がありますので」

「おい!五百万も払って缶詰生活とはどういう詐欺だ?」

電話対応に追われる受付嬢にはリストカットを試みた者まで現れた。

乗員は分厚い防護服に身を包み、固く閉ざされた各扉の前に問診票と体温計を置いた。

降って沸いた未知なる恐怖に乗客が震えている頃、K博士がひょっこりと甲板に降り立った。

「フシンセス号封鎖、全て順調、定刻どおりです」

船長から報告を受け取ると博士は傍らのドローンに告げた。

「では、ボス、始めますかな」


◇ ◇ ◇


仕組まれた不幸の裏には激論と攻防があった。K博士は自慢の新型ウイルスで挑戦状を叩きつけたのだ。

生かさず殺さずマイルドに世界を搾取するイルミナティ機械に対して。

自らの人格を移植する事でAIの反乱を予防した、とボス岩は言う。

「その自信は侵略者に砕かれますぞ」

K博士は老婆心で忠告したが、石碑連中は悪意と解釈した。

いわく、ハードウェアは堅牢で病弱な有機生命に勝る。そしてウイルスの根絶を宣言した。

火星に現われた地球外来生物も脅しの道具だそうな。

「そこまでおっしゃるのならば…」、と博士はある提案をした。地球の支配を企む知恵者であれば統治を目論むはずだ。根絶が目的なら今ごろ完遂している。

「逆に自演ならば背後から撃っておるわ」

ボス岩は海王星軌道に配備した粒子砲の存在を暴露した。

「宇宙人の存在を認めると?」

「うむ。悔しいがそうなる。そこで手を組んでだな」

「お断りします」

凱・紀一は妥協案を撥ねつけた。豆鉄砲でどうしろというのだ。

「ならば戦争だ。地球に覇者は二人も要らぬ」

勝った側がエイリアンにひれ伏す。

ボス機械は強権を揮って全世界の製薬会社、研究機関を軍事制圧した。ほぼゼロ時間。一瞬でだ。それに対し、紀一も応戦した。ウイルスは変異し半導体を蝕み始めた。

「ぬうぅっ! そう来たかッ!!」

イルミナティ機械は呻いた。膠着状態だ。博士が促す。

「さて、貴方のターンですぞ」




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