17.お風呂でのんびり……していたいけど
くたくたです。それはもうくたくたです。ユミアさん、「今日は説明とお勉強ねっ」って言ってたはずだけど、始まってみると身体を動かす時間が多かった。『花嫁』になるって決まってからは、おばあちゃんのところに踊りを習いに行く隙もなくて、運動なんて全然してなかったもん。いきなり動くとよくないね……。
だから、修練が終わってすぐ湯浴み場に行った。ゆっくり浸かって疲れを取らなきゃ。
「ふぅ。あったかいお風呂っていいね、ソフィー」
「なんだか不思議な感覚……ちょっと慣れない。でも、気持ちいいのはわかる」
「でしょ~」
そう、今日はソフィーも一緒なのです。「さすがに湯浴みはひとりにしてあげてほしい」って、ソフィーは言われたらしいけど。それは「一緒に入るな」って意味ではないみたいだから。ふたりでゆっくりする時間もほしいよね。
大きな岩をくり抜いたみたいな灰色の浴槽に、ソフィーと並んでもたれる。湯浴み場にはわたしたちだけ。他の眷属さんも入ろうとしてたみたいだけど、わたしと目が合った瞬間、すごい勢いでぺこぺこしながらどこか行っちゃった。「遠慮しないでください!」「一緒に入りましょう」って声かけたけど、聞こえてなかったみたいで。今度見かけたらまた言おうっと。
湯気の中、わたしたちの呼吸だけが聞こえる。身体がじんわり温まる。隣のソフィーは、気持ちよさそうに目を閉じていて。もう少しだけ、じっと温まっていたい――けど。
「ソフィー、ちょっといいかな」
「ん?」
ソフィーとふたりでまったりしたいのは本当。でも、ちょっとお話ししたいことがあるんだ。
「忙しすぎて大変だよ~! 海神さまと愛を育む時間がないよ~~~!!」
ソフィー以外誰もいないから、つい子供みたいに腕を振り回しちゃった。お湯がばちゃっと跳ねて、少し顔にかかる。
でもいいや、ソフィーにはかかってないみたいだから。
「休んでる時間、なさそう?」
「うん。『大巫女の修練が本格的に始まったら、寝る前にも稽古したほうがいいよ』ってユミアさんに言われたし。お務めも、相談事を解決するのに調べ物したりしなきゃだし。海神さまと過ごす時間、取れるかな……」
「四日に一回休み。そうじゃなかった?」
「そうなんだけど、もしかしたら休みの日にも大巫女の修練が入るかもしれないの。身に着けることがありすぎて、海神さまが消えちゃう前にひと通り修練終わらせられるかギリギリだから」
進み具合があんまりだったら、休みの日でも半分くらい潰れるかもらしい。ユミアさんがすっごく申し訳なさそうに言ってた。
あと、海神さまもほとんどずっと神務に明け暮れておられるみたい。最近は力が衰えてきてるから、よけい神務に時間がかかっちゃってるんだって。通りすがりの眷属さんが教えてくれた。
「それ、海神さまがどうとか以前の問題。レナおねえちゃんの身体、だいじょうぶ?」
「そうなんだよねぇ。休みの日でも疲れて動けない、とかありそうだもん」
「こうやって、毎日お風呂入るだけでも違う……と、おもう」
「うんうんっ。どんなにしんどいときでも、ご飯と湯浴みはちゃんとするね」
「レナおねえちゃんえらい」
「やったぁ!」
まあ、自分の身体はがんばって気をつけるから大丈夫だと思うし、海神さまにも「お身体いたわってくださいね」って伝えようと思うんだけど。
「ねえソフィー、どうしたら海神さまとの時間取れると思う? ちょっとした時間をこつこつ積み重ねていくしかなさそうな気はするんだけど」
「でも、なにがいい機会なのかわからない?」
「うんっ。海神さま、ごはん食べないし。昨日はすやすやされてたけど、『あれは少しばかり油断していただけだ。余に就寝などいらぬ』って言われちゃったの。だから一緒には寝られなさそうだし」
「心の底から、自分は道具だと思っている、ということ?」
ソフィーもつい最近まで
すごく真剣に考えてくれてるの、わかるし。
「それはわかんない。『余には道具に向けるそれと同じような愛情を向ければよい』っておっしゃったときの海神さま、すごく悲しそうなお顔だったし。でも、『わたしたちと同じような暮らしをしてほしいです』って言うだけじゃダメそうな気がするの」
「うーん……」
ソフィーはすごく難しそうな顔。わたしも一緒になって考える。
少ししてから、ソフィーがゆっくりと言った。
「ええと、手紙? そういうのを書いたら、どう」
「手紙……うんうん、ソフィーかしこい! お時間あるときに読んでほしいです、お返事は余裕があるときだけでいいのでってすればいいもんね」
「レナおねえちゃんの役に立てたなら、うれしい」
「とっても役に立ってる! ありがとうね」
そっかぁ、手紙か……自分が今どんなこと思っていて、なにを言いたいんだろうって、ゆっくり考えてから伝えられるし。ちっちゃい頃にちょっとだけやったことあるけど、お手紙のやりとりって楽しいし。
わたしの力じゃ思い浮かばなかったけど、いい案だ!
湯浴みから上がって晩ごはん食べたら、海神さまにお手紙書こーっと。不安な気持ちも、こうしたいなってことも、全部全部伝えるの。
あと、わたしもいい案思いついたかも。ソフィーの案を預かっておしまいじゃ、この子に申し訳ないし。
「海神さま、お嫁さんのわたしが精いっぱい心を込めて作ったごはんなら食べていただけたりしないかな……?」
「可能性あるかも。でも、レナおねえちゃんって、ごはん作れる? 厨房に立たせてもらえてなかった記憶、ある。隠れて美味しいもの作って、食べないようにって」
「義母さんと義姉さんがね……」
ひどい話だよね、ほんと。
「ソフィーの言う通り、全然できないんだけどね。『もしお時間があったら、料理を教えていただけませんか。お礼はします』って、板場衆の人にお願いしてみる」
「うん、がんばって。あとでどうなったか教えて」
「はーい! 海神さまのこと、きっとまだ全然知らない。でも、心を込めたものなら、きっと受け取ってくださる。そんな気がするの」
ゆっくりお湯に浸かったからかもしれないけど、心の奥深いとこがぽかぽかしてるような。そうだといいな……って、あれ?
「ちょっと浸かりすぎたかも……ぼーっとする」
「えっ、だいじょうぶ?」
「たぶん! でも、もう上がろっか。眷属さんたちを遠慮させちゃっているみたいだし。上がったら、気を遣わせてごめんなさいって言うね」
床で滑らないように気をつけながら、急いで浴槽を出た。お手紙のこと、忘れないようにしなきゃだ。
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