16.ユミアお姉ちゃんの巫女講座
お昼ごはんを食べたら、急いで祭壇の間へ。お腹いっぱいなのに早歩きするのよくないなってことがわかった。ちょっと気持ち悪いかも……。これから身体動かすかもしれないのに、と思ったら。
「今日は、これからどんな感じで修練を進めるか、お姉ちゃんがお話しするね~。あとはちょっとお勉強もしようね」
「はい、よろしくお願いします!」
今日はまだそこまでいかないみたい。巫女の修練、どんなことするか気になってたからしっかり聞こうっと。
「あっ、書くもの取ってこなきゃ~」とユミアさんが祭壇の間を出ていったから、少し待つ時間ができた。
祭壇の間の奥で、神代の巫女さんたちが修練を積んでる。新しい神舞を練習してるみたいで、基本の動きの確認からなんだって。
何人かの眷属さんが、他の眷属さんの前で手本を見せながら教えてた。
「そこ、隊列変更が遅い!」
けっこう厳しい。ぴったり動き揃ってるように見えるけどなぁ。
わたしも早くこの人たちに追いつかなきゃって思うと、心がしゃっきりする。
あっ、ユミアさんが戻ってきた。黒くて大きな石板を抱きかかえている。重そうだなぁ。
その石板を壁に立てかけて、ユミアさんがこっちを向いた。
「レナちゃんおまたせ~。さっそくユミアお姉ちゃんが先生するね!」
「よろしくお願いします、ユミア先生!」
「ユミアお・ね・え・ちゃ・ん、ね?」
「は、はい。ユミアお姉ちゃん」
昨日のときみたいな圧を感じて、わたわたしながら言い直した。
先生よりそっち優先なんだ……。お姉ちゃんへのこだわりがすごい。
「そうそう! じゃあ、始めるね~」
白くて細長い、石みたいなものを手に取って。ユミアさんは石板になにか書き始めた。
えーっと、『神施』『巫女の力』『舞踊の技術』……?
白い石で三つの言葉を順番に指しながら、ユミアさんは言った。
「レナちゃんの目標は、「地神ちゃんから主ちゃんの神核を取り戻すため、戦うのに必要な巫女の力を鍛えること」だと思うの。でも、そもそも巫女の力ってなに? って話だよね。わざわざ石板に書いた以上わかるとは思うけど、この三つは全部違うものなのです」
「ほえー……」
ただただがんばって聞くしかできない。大丈夫かな、ちゃんとついていけるかな。
「もう聞いてるかもしれないけど。神施っていうのは、神様の力のおすそ分けなの。神施の中には、身体を動かしやすくなるとか、自然の力をちょこっと操れるとか、闘う力を上げるものがあるんだ。でも、それは巫女の力とは関係ないの」
ユミアさんさらっと言ってたけど、自然の力を操るってすごいね。自分にもできるんだとしたらちょっと怖いけど……。
「神施も使い続けるうちに鍛えられていくけど、それは今関係なくて。巫女のお仕事だと、神施は神舞の演出にしか使わないの。これも昨日見せたから覚えてるかな」
「覚えてます。青い光がきらきらしてて、きれいでした!」
「そうそう。あれは海の中にいる小さな菌を操って光らせてるの」
寝殿の灯りと同じものかな。
「あとは、激しい戦いの場面で小さな渦潮を作って、迫力を足したりとか、そういう使い道があるんだ~」
「すごそうです! そのうち私も特訓するんですか?」
「これは後回しかな~。できるともっといい、くらいの技術で、絶対必要なわけじゃないからね」
「ということは、最初は巫女の力の修練から?」
「本当はそうしたいんだけどね~。最初は踊りの基礎の動きから始めます。呼吸法とか、足の運び方とか、あとは上半身の動きとか。そうそう、表情のつけ方も」
本当に基礎って感じだ。踊りはちょっとだけ習ったから、なにかの役に立つといいんだけど。
「巫女の力って、神舞の動きの基礎だけつかんでたら一応は使えるの。でも、一人前に神舞ができるようになってから巫女の力の修練積むほうが絶対いいよ~。そのほうが効果的に力を操れるし、身体もあんまり傷めなくて済むしねっ」
「身体に負担かかるような力なんですか!?」
「多少はね~。ちゃんと修練を積んだ巫女でも、全開で力使った次の日は一日寝込む、ってくらいには」
「それ多少って言わないです、ぜったい」
なんだかどんどん不安になってきた……。
「大丈夫だよ、死なないから! それに、逆に言えば一日休めば元通りってことだからね~」
「は、はい」
ふふふっ。ユミアさんが小さく笑う。わたしはちょっと笑えないけど。
「怖い力じゃないから、安心してっ。それで、たぶんレナちゃんが一番気になってることがあると思うんだけど」
「気になってること……そうですね、『結局、巫女の力ってなんですか』とは、あとで聞こうと思ってました」
「あっ、お姉ちゃん特有の勘が当たった。やっぱりそっか~。気になるよね」
気になるし、そもそもどんな力かわかってないと、修練もできないもん。
「神様でも眷属でも人間でもみんな、心の状態が乱れると、
まあ、傷つけてでも倒さなきゃいけない、なーんてときもあるけどね。つぶやくようにユミアさんは言った。
「あとは、神舞とは違う特別な舞を踊るの。いくつか種類があってね。傷ついた人を癒すのとか、少しの間身体が動かしやすくなるのとか。そうそう、疲れにくくなる舞もある」
「それは、誰か別の人のために舞うってことですか?」
「基本はね。でも、自分自身のために舞って、傷を癒したりもできるよ~」
「傷ついた身体で舞を踊るの、大変そうですけど」
「えへへっ。それはそうなんだよねぇ~」
ユミアさんがふにゃりと笑う。戦って傷つくようなこと、ないといいなぁ……。
「巫女の力がどんなものか、わかったかな?」
「はいっ! それはもう、ばっちりです!」
「よかった~。じゃあ次は、これからどんな感じで修練を進めるかなんだけど。ちょーっと、言いにくいこと言います」
「な、なんでもどうぞっ」
なんだろう。とっても厳しいから覚悟してね、とかかな。
「神舞も巫女の力も一人前に扱えるようになるのが大きな目標です。でも、そこまでたどり着くのに、どうがんばっても一年はかかります。だいぶ詰め込んでそれだから、本当は三年ほしいんだけどね」
「……それ、もしかしなくても時間がギリギリなんじゃ」
海神さまが姿を保てなくなるまで、早いと一年、遅くても一年半。わたしはそれまでに巫女の力を身に着けて、ひとりで地神さまの神殿に乗り込まなきゃいけないのに。
「ギリギリなの。もしかしたら間に合わないかもしれないくらい。ほんとは、神舞の修練をそこそこで切り上げて巫女の力の修練に移ればいいんだろうけどね~。さっき言ったみたいに、まずは神舞を一通り修めてほしいし」
「そこは譲りたくない、ですか?」
「まあね。お姉ちゃんは長いこと大巫女だったから」
ユミアさんは腰に手を当てて、誇らしそうな顔で笑っていた。
わたしも、この人みたいな立派な大巫女になれるかな。時間がないのは不安だけど……。
「大丈夫だよ。お姉ちゃんに任せて! ギリギリにはなっちゃうと思うけど、きちんと間に合わせてみせるから。一緒にがんばろうね~」
「はいっ!」
気持ちがちゃんと伝わるように、精いっぱいの明るい声で返事した。
奥で修練してる巫女さんが何人か、驚いたみたいにこっちを見たけど。みんな、すぐ笑顔になった。応援してくれているんだ。
「じゃあ、これからの話をしようね~。今ちょうど三の月になったばかりでしょ? ここから五ヶ月くらい先、八の月に大きな行事があります。
ええっと、大御魂舞がたしか、毎年のはじめにある神事だっけ。海神さまに感謝の舞を奉じるんだよね。
「
「お客さんってことですか?」
「そうそう。レナちゃんには、爛々舞までに踊りの基礎を完璧にしてもらいます。本番でも巫女の一員として踊ってもらいます。安心して、今回はまだ中心で踊らなくていいからね」
「お客さんの前で、ですよね」
声が震えるのが、自分でもわかる。
まだ先の話だけど、でも緊張しちゃうなぁ。人前でなにかしたことなんて全然ないから。結婚式の『海食みの儀』のときもずっと不安だったし――って、あれは人前とか関係ないや。生贄になりたくなかっただけ。
「心配いらないよ~。お客さんみんな優しいから。それに、舞を踊るだけでいいからね。神舞って踊りだけじゃなくて、お芝居とか、演奏とかの時間もあるんだけど。そういうのはまだ出なくて大丈夫だから」
「それならちょっと安心かもです」
「でしょ~。爛々舞が終わったら、お芝居とか、歌や楽器の修練をします。それが終わったら最後の試練。来年一の月にある大御魂舞に、大巫女として出てもらいます」
「眷属さんと海神さまの前で、がんばってきたことを全部見せるんですね」
「大事だよ~。そこまで終わったら、いよいよ巫女の力の修練です。こんな感じかな?」
こてん。かわいく首を傾けるユミアさん。
大巫女の道のり、遠いなあ……。立場があるから当然なんだろうけど。
「大変そうですけど、がんばります!」
「うんうん、レナちゃん頼もしいぞっ。ちょっとだけ休憩したら修練に入ろうね! 踊りに欠かせない、三つの大事なことを覚えてもらいまーす」
なんだろう、三つの大事なこと。気になる。
まあでも、今聞かなくても大丈夫だよね。すぐ教えてもらえると思うから。
思いっきり足を伸ばして、床に座る。ちょうど神代の巫女さんたちも休憩するみたいで、寝そべってる人もいた……ってあれ? 膝枕されてる? よく見たら、膝枕してあげてる側の人、さっき前で教えてた人だ。
わたしの隣で女の子座りしてくつろいでる、ユミアさんに聞いてみる。
「あの、あれはどういう」
「お姉ちゃんの指導が通じたんだよ~。『たまには厳しく教える必要もあるけど、そうしたあとはちゃんと褒めたり甘やかしたりしてあげてね』って」
教えが行き届いてる……!
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