第2章 無理しないでほしいです、海神さま

14.海の生き物に囲まれるおしごと

 海神さまのお嫁さんになって、はじめての朝です。なんだががんばれそうな気がします。

 海の中だから、おひさまの光は差してこないけど。それでもなんだか、ひんやりきれいな朝。いい気分。

 まあ、海神さまの寝顔見てたのばれたから、「ね、寝顔を見るなァ……!」ってお叱り受けちゃったけど……あれはどう見ても照れ隠しだもん。ごめんなさいして、それでおしまい。反省はちょっぴりしてます。


 起きて、用意してもらってた服から選んで着替えて、朝ご飯を食べた。

 八の刻からって話だったけど。慌てて朝の支度しなくても、ちょっと時間に余裕ありそう、明日からはそこで何かできたらいいなって思いながら、とことこ歩く。行先は潮海衆さんたちのお部屋。今日からそこでお務めなのです。


「おはようございます、レナータです!」


 昨日カストさんに案内されたとき、道はちゃんと覚えたから。迷わないで部屋まで行けた。

 扉をそっと開けて、大きな声であいさつ。シトロンさんが待っていた。その後ろでは、潮海衆さんたちが机でお仕事してる。

 

「レナータさん、おはようございます。元気があるのはよいことですよ」

「えへへっ。ありがとうございます。海のことも生き物さんのことも、わかんないこといっぱいですけど、がんばりますので。よろしくお願いします!」

「こちらこそ。早速、隣の部屋へ向かいましょう。"東屋"と呼んでいる場所です」

「海の生き物さんがたくさん集まる場所、でしたっけ」

「ええ。そこで会話に混ざったり、相談事に応じたりしていただければ」

「ちょっと緊張しますけど、がんばります! でもその前に、ちょっと質問してもいいですか?」


 昨日の念話からそうだったけど、気になることがあって。


「どうかしましたか?」

「フィヨルドさんはどこへ――」

「昨日言いましたよね。あの人をあてにしてはいけない、と」


 すごい勢いで答えが返ってきた。まさか、あの人は今。


「女の人とお出かけ、ですか?」

「いつものことです。どうせ今日も、昼過ぎにふらっと表れて多少の指示出して終わりでしょう」


 さすがに指示は出すんだ。


「もう諦めはついています。それよりも、こちらが"東屋"ですよ」


 シトロンさんが扉を開けてくれた。腕の吸盤をくっつけて、ぐいっと引っ張って。


「――わっ」


 見えたのは、広間のあちこちでばらばらに集まって話してる海の生き物さん。でも、わたしが入った瞬間、いっせいに黙ってこっちを向いた。大きな貝とか、目が見当たらない生き物さんもいるけど。とにかく、みんながこっちを向いた。

 静かだったのはきっと何秒かで。でも、なんだか長く感じて。次の瞬間――爆発した。


「あなたが噂の!」

「今度の嫁さんは、長く続いて欲しいものですな」

「ええーっ、ちんちくりんでかわいい! お友達になってもいい?」

「お名前は? どこから来たの――ってコルニ村か」


 すごい勢いで寄ってこられて、質問されて。わたしの周りは、あっという間に海の生き物さんで埋まった。ぎゅうぎゅうだよ~!

 押しつぶされちゃうんじゃって思ったそのとき。


「皆さん、落ち着いてください。まずはレナータさんに自己紹介してもらうのがよいのでは」


 落ち着いて、でも力強い、シトロンさんの一言だった。


「それは名案だ!」

「どんな人なんだろ~」


 海の生き物さんもお話を聞く姿勢になってくれたみたい。シトロンさんにお辞儀をしてから、わたしは話し始めた。今思ってることを、隠さずに言おう。


「はじめまして。新しく海神さまのお嫁さんになった、レナータと言います。正直、今までの村暮らしとは全部が違うから、どきどきも不安もいっぱいです。きっと失敗もたくさんしちゃうと思います。でも、いつか皆さんの支えになれるように。自信をもって海神さまのお側に立てるように、毎日を過ごしていきたいです。それから、歌と踊りを少し習っていたので、そちらも早く一人前になれるようにがんばりたいです。よろしくお願いします!」


 海の生き物さんたちが見えなくなるくらい、深く深くお辞儀した。


「素晴らしい!」

「よろしくねー!」

「お辞儀きれいすぎ……キュン……」

「惚れるのそこなんだ」


 みんながあったかい言葉をかけてくれる。拍手の代わりかな、お魚さんはヒレをぱたぱたさせて。海藻はゆさゆさ揺れて。貝はぴょんぴょん跳ねて。あっ、シビレウナギが興奮して身体をびりびりさせちゃったみたい。すぐ近くにいたお魚さんがちょっと痛そうにしてる。大丈夫かな……

 びりびりは心配だけど、みんなが歓迎してくれてるのがよくわかってうれしい。


「皆さんとお話したいけど、一度には無理なので順番でお願いしますっ」


 そう言ったら、ぱーっとみんなが散らばっていって、さっきまでみたいにお話を始めた。わたしの周りに残ったのは、他よりも小さなお魚さんたち。たぶん子どもなんだと思う。

 ちっちゃい子を優先しようとするの、みんな優しいなあ。


「おねーちゃんだ! わたしよりおねーちゃんだよね?」


 全身が透き通った紫色のお魚さんが話しかけてくる。声からして女の子……じゃなかった、メスかなあ?


「ごめんね、わかんないや。魚と人間って、どうやって歳比べるのかなあ」

「しらなーい!」

「そうだよね……きみは人間に会ったことあるの?」

「はじめてかもー。神様も眷属さんも、人間になれるけど人間じゃないんでしょ?」

「そうみたい。わたしもあんまり詳しくないから、一緒に賢くなっていこうね!」

「うんっ、これからよろしくね!」


 こっちこそ、って言う前に、紫色のお魚ちゃんは泳ぎ去っていった。すいーって。

 そしたら次は、小さなカメが私の前に来た。入れ替わったみたいに早い。

 元気な声で話しかけられる。男の子だ。


「大きくなったら、お姉ちゃんを背中に載せていろんなとこ連れてってあげるね。だからそれまではここにいてよ!」

「うんっ。いなくなったりしないよ」

「ほんとのほんと? 板場衆のおじちゃんが言ってたけど、今までの花嫁さんはだいたい三日とかでいなくなったんでしょ? 長いこといたのはひとりだけだって」

「たしかに今まではそうみたい。でも、きみを悲しませないようにがんばるから! ちゃんと見ててね?」


 安心してほしいもん。全力の笑顔を届けてあげた。


「う、うんっ……」


 あれ? 急に声がちっちゃくなったし、伸ばされてたヒレも垂れ下がって……あっ、集まりに戻っていっちゃった。どうしたのかな。


 気にはなるけど、考える前に次の子がきて。いろんな子とたくさんお話しした。稚魚たちが終わったら、次は成魚たち。

 さすがに全員は無理だけど、それでも大勢の海の生き物さんと交流して。そろそろいい時間な気がして。読み方を教えてもらいながら、潮時計を見たら――もうすぐお昼だった。

 はじめてのお務め、もうすぐおしまいだと思ってたところに。


「あの、少しいいですか? 相談したいことがあるんです」


 小さなオスのフグさんが、真剣そうな低い声で話しかけてきた。


「はいっ。なんでもどうぞ」

「実はですね――どうにかして、この海と繋がっている川を登りたいんです。会いたい魚がいまして」


 ――どうすれば、登れると思いますか。

 祈るように訊かれて。丸く盛り上がった目で、じっと見つめられて。

 なんとかしたい。したいけど。


 どうしよう。最初から、大変そうな相談きちゃった……!

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