13.夫婦の時間は必要です
夫婦の時間……玉座の間でお話ししたときも出てきたけど、やっぱりドキドキしちゃう。
「それって、どういう」
「先を急ぐな。順を追って説明する」
「余は普段、不眠不休で責務に取り組んでおり、暇などまずない」
「それでお身体は大丈夫なんですか……?」
「心配無用。神として当然のことよ。加えて神は不老であり、よほどのことがなければ死なぬ。汝もそのような体質となっている」
そ、そうなんだ……ずっとこのちんちくりんのままなんだ……。
海神さまと夫婦になったからなのはわかるけどね。
「話に戻るぞ。日々責務に追われるのは汝も同じだ。説明は受けたであろうが、大巫女としての修練の日々が待っている。加えて、世の水棲生物と触れ合い、彼らの支えとなれるよう務める役目もある。当然、忙しくなるであろうな。つまり……」
「ふたりの時間を作るのは難しい、ってことですか?」
「左様。ただ、意識せねば難しくなるというだけだ。この時間は必ず汝と過ごすと、あらかじめ決めておけばよいのではないか」
おー、海神さまかしこい……って失礼だよね。
「いいと思います! でもそういえば、お勤めと巫女の修練、時間とか何日に一回あるかとかとか聞いてなかったです」
「そうか、それはすまない。もう寝ておるかもしれないが、ユミアとシトロンに訊くとしよう」
海神さまがそっと目を閉じる。すると、その青いお身体が一瞬ぼんやり光って――
「はいはーい、みんなのユミアお姉ちゃんですよ~」
「こちらシトロンです」
「余だ。我が伴侶レナータの神務や修練について、細かい日取りを決めたい。むろん、当人もここにおる」
「あっ主ちゃんだ~」
「いつ聞いても奇っ怪な呼び名ですね……」
ユミアさんとシトロンさんだ。わたしもあいさつしなきゃ。でも、念話ってどうやるのかな。そもそも、わたしにもできるの?
「案ずるな。それも神施の一部だ。ユミアやシトロンと話したい、と念ずれば念話は繋がる」
「ならよかったですっ。じゃぁ、えっと」
昼間にもお話ししたけど、顔が見えないとなんだか緊張する。
でもだいじょうぶ。ゆっくり息を吸い込んで、あいさつしよう。
「こんばんは、レナータですっ。海神さまが今おっしゃってましたが、ちょっとお聞きしたいことが……」
☆
修練とお勤めの日取りはちゃんと決まった。途中、ユミアさんがひたすら『自分の思うかわいい服とは』の話する時間になってたけどね。ユミアさん、自由な人だなぁ……
お昼くらいまでお勤め、お昼ごはん食べてから大巫女の修練。三日がんばったら一日お休み。その繰り返しってことになった。お休みの日は夫婦の時間がいっぱい取れるよ! それ以外でもちまちま時間取れたらなって思うけど。
あとは、じゃあ夫婦の時間ってなにするの? ってことなんだけど。
「海神さま、なにかなさりたいことありますか?」
「すまない。現状、余にはよき案がない……」
「海神さまと長く暮らした花嫁さんがひとりいるっておっしゃってましたよね。そのときは、どうお過ごしだったんですか?」
ふと思い出して聞いてみると、とたんに海神さまがうつむいて、わたしから顔をそむけた。
あれ、聞いちゃいけないことだったのかな……
「悪いが、あの者については答えられない。今後も言及は控えてほしい」
のどから絞り出すみたいに、苦しそうな声だった。
なにがあったんだろう……気にはなっちゃうけど、考えないことにしよう。もっと仲良くなったら、愛し合えたら、いつか話してくれる日が来るかもしれないし。
「ご、ごめんなさい! 失礼なこと聞いてしまって」
「気に病むな。こちらの都合ではねつけたのが悪いのだ」
「ありがとうございます……」
ちょっと気まずくなって、お互いそれから黙っちゃったけど。なんのお話してたか思い出した。
「あのっ、やりたいことがあって! 思いついたのまだひとつだけなんですけど」
「ほう? 言うがよい」
「神殿の外を案内していただけますか? おもしろいものがいっぱいあるって眷属さんから聞いたんです。きれいなサンゴの群れとか。広い海からカサゴとオコゼが集まって、誰が一番うまく岩に化けれるか競う催しとか! 聞いてるだけで楽しそうで」
「承知した。汝の次の休みにでも案内しよう。眷属からの評判がよい場所もいくつか知っている」
「やったぁ! 楽しみにしてますねっ」
初めてのお出かけだ。精いっぱい楽しめるように、お勤めも修練もがんばらないとね。
「さて、要件は以上だ。なにか訊きたいことなどあるか? なければ余は神務に戻る」
「わー! 待ってください。訊きたいことは特にないですけど、わたしと一緒に寝ていただけないんですか?」
海神さまがスッと立ち上がったから慌てて止める。腕を思いっきり伸ばして、ぱたぱた振って。
「なんだ?」って言いたそうなお顔だったけど、海神さまはもう一度寝台に座ってくれた。
「会ったばかりの男の人……じゃなかった、神様だ」
「本来は許されぬが、人でよい。海中で過ごすことになったとはいえ、余や眷属をわざわざ魚やら神やらと呼ぶのも面倒であろう」
それに、汝の前では人型を晒すほうが多いはずだ、と付け加えて。気のせいかな、海神さまが優しい顔をしてた気がした。
「ありがとうございますっ。それでですね、よければわたしと一緒に寝てほしいのですけど……もちろん、寝台は別ですよ!」
「余は睡眠をとらない、必要もないと言ったはずだが」
「じゃあせめて、わたしが寝付くまででいいので! お願いです。ここに来てはじめての夜で、心がざわざわってしてるんですよ……?」
もちろん楽しみもあるけど。この場所はきっと、いいところなんだろうけど。でもやっぱり、不安はある。役目も重大だし。
だから、全力でお願いしてみる。ちょっぴりわがままなくらい。普段のわたしなら、たぶんやらないくらい。上目遣いって言うんだっけ。「これでたくさんの男を一目惚れさせてきたの」なんて、義姉さんが自慢してた。
こういうやり方でいいかわかんないけど。海神さまのほうに、少しだけ顔を乗り出した。
「……承知。ただし、汝が寝付けばすぐ神務へ戻るからな」
「充分です。なにか、適当にお話でもしながら寝ましょうね」
「余は寝ないと言うておるだろう……」
そんなことを言いながらも、海神さまは部屋の灯りを消してくれた。今この部屋を照らしてるのは、寝台のそばにある小さな水鉢だけ。中には小さな小さな菌たちが棲んでいて、集まるとぼんやり光るんだって。青緑色の光がとてもきれいだ。
なんだか急にうれしくなっちゃった。顔がゆるゆるだ。そっと寝台に入って、やわらかい布団をかぶる。海神さまも、わたしのよりも大きな寝台で横になった。
「海神さま、最近布団に入ったことありましたか?」
「最近とはどこまでを指すのかわからぬが……まあ、ここ数百年はないな」
「わたしも、機織りの才がないってわかってからは薄いお布団しか使わせてもらえなかったので。一緒ですねっ」
布団の中からこっちを見てる海神さまが、困ったように目を伏せた。そんなことを言うな、ってお顔だ。ごめんなさいって、こっちも顔だけで伝える。
「どうですか、久しぶりのふかふかは」
「このような環境で眠るのは、さぞかし良いものなのであろうな」
「きっとそうですよ。せっかくですし、海神さまにとっても気持ちいい眠りをお届けしますっ。コルニ村に古くから伝わってるお話があにゅんです。なんかね、これを聞かせた子どもたちは必ずお話の途中で寝付くって、ふあ……噂で」
「それは、その伝承が興趣に欠けるか、あるいは幼子向きではないのではないか?」
「えへへっ……そうかもしれま、せんね。今ならそのお話の言いたいこと、わかりますけど。ちっちゃい頃のわたしならひゃぶん、わかんなかったと思います、ふわぁ……」
「さてはレナータ……眠いな?」
「はいぃ。そうかもです……」
頭がぼーってする。なかなか眠れないんじゃって思ってたけど、心配、いらなかったかもなぁ……
☆
目が覚めた、んだと思う。あれ、目がうまく開かない。お布団あったかいなあ。
だんだん体が慣れてきて、少し伸びをした。
「うぐーっ……」
今何時かな。とりあえず起きようと思って、寝台から体を起こすと。
海神さまが寝ていた。
「えっ!?」
ちょっと声が出ちゃった。
なんだか起こしたくなくて。そっと寝台を下りて、隣をのぞき込んだ。
「すぅ、すぅ……」
ちっちゃい子みたいな寝息を立てて、安心しきった寝顔で。
気持ちよさそうに、海神さまが寝ていた。
あの強面で、大きな身体で、威厳たっぷりな海神さまが――今はこんな顔をしている。わたしに油断してくれている。
『か、かわいい……っ』
あんなに寝ないっておっしゃってたのに、実はお疲れだったんだって、お布団の力に負けちゃったんだって思うとね。なおさらかわいいの。
神務があるだろうし、早く起こしたほうがいいんだろうけど。もうちょっとだけ、眺めていたいと思った。
起こしたとき、どんな反応するかなあ。恥ずかしがるかなあ。それともお怒りになるかなあ。それか、なにもなかったみたいに、威厳たっぷりな態度になるのかも。
どれでもうれしいような気がするし。この寝顔を見られただけで、今日が上手くいきそうな気だってする。
これから一緒にがんばりましょうね。よろしくお願いします、海神さま――
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