12.海神さまと同じ部屋で寝る、ということ

 びっくりな事実。わたしの部屋に寝る場所がない! ふかふかの長椅子ならあるけど、やっぱり寝床……寝台? っていうのかな。屋根がついてる寝床があるんだよね。ああいうちゃんとしたところのほうがゆっくり眠れると思うんだ。

 いやがらせじゃないとしたら、わたしの寝る場所は海神さまと一緒の場所……ってことになると思うんだけど。

 ねぇソフィー、なにか聞いてない?


「うん、聞いてる。ふたりの寝殿がある、って。毎朝、レナおねえちゃんが起きたら、起こしに行く。起こせたら、布団や敷物を洗濯して、干したあとは元通りきれいに敷き直すように。そうやって、言われた」

「やっぱりそうなんだ……」


 そっか。海神さまが隣で寝るんだ……あんな大きな身体で、怖いけどかっこいい男の神様が、隣で……

 だ、大丈夫かな。ちゃんと眠れるのかな、わたし。


「だいじょうぶ。昨日までのレナおねえちゃん、狭い倉庫の床に、ぼろぼろの布団一枚で寝ていたんだから。しんだい? はきっとふかふか。よく眠れる」

「ちょーっと、そうじゃないんだけどなぁ……でも、ありがとね。ソフィー」

「ん」


 すごく誇らしそうな「ん」だった。違うよって言いたいとこだけど、いいのいいの。かわいいから!


「じゃあごはんとお風呂に行こっ。……って、一緒に行ってだいじょうぶ?」


 その辺り、決まりとかありそう。


「行ける。毒味役だから。あと、湯浴みはさすがにひとりにしてあげてほしい、とのこと。だからゆっくり浴びればいい」

「やったー! こんな喜んじゃうの、ソフィーならわかるでしょ? お父さんがいなくなってからはお湯に浸かったことなかったもん」


 義母さんたちの言いつけで、濡らした布で拭くしかさせてもらえなかったから。久しぶりにそういうことができるの、とってもうれしい!


「ソフィー、ごはん行こっ!」

「おー」


 衣装棚(かわいい服がたくさん入ってた)から寝間着を取って、部屋を出る。ついつい早足になっちゃうね。



 ☆



 みんなからしたらまだ『お客さん』だからなのかもしれないけど、すごく優しく迎えてもらえてるし、ご飯も湯浴みもよかったなぁ。

 たとえば厨房のおじさんが、コルニ村の人たちが好きな、塩気が強くて濃い味付けにしてくれたり。わたしはもう少し薄いほうが好きだから、次からそうしてほしいってお願いしちゃったけど……でもおいしかったよ! 今まであまりおいしいもの食べさせてもらえなかったから、すっごくうれしかった。

 湯浴み場の浴槽に、サンゴが固まってできた岩が使われてたりとか。岩から溶け出したものが魚の身体によく効いて、疲れが取れやすいんだって。人間の身体に効くかはまだわかってないけど、毒になることもないと思う、とのこと。効くといいなあ。今日は儀式でしんどかったし、一日歩き回ったし。へとへとだからね。お湯もちょうどいいくらいのあったかさで、気持ちよかった! これから毎日だってお湯に浸かれるんだ……えへへ。


 やることを全部終わらせて向かうのは、わたしたちの寝殿。おいしいご飯を食べて、しかも全身ぽかぽかになったわたしは無敵なのです! どきどきする? 違う、そんなことない! 海神さまのおっしゃってた『大事な話』がなにかはわかんないけど、いやなことではない、はず……たぶん。

 ふたりきりの大事な話だから、本当にごめんなさいなんだけどソフィーにはお留守番してもらった。「ふうふ、ずるい」って言われたけど、うん……あとでいっぱい遊んであげるからね。


 わたしたちの寝殿は、神殿の裏口から渡り廊下でつながった先にある、別の建物。そこだけ離れ小島みたいに切り離されて、しーんとしている。本当に、夫婦のためだけにある場所。カストさんでさえ寝殿には入らせてもらえないらしい。用事があっても、入口の前からやりとりするしかないって、本人……本魚? が言ってた。


 石が敷かれた渡り廊下を歩いて、階段を何段か上がる。短いのに、とっても長く感じる。

 その先には大きな木の扉があった。神殿の入り口の石扉よりずっと薄そうなのに、なんだか近づきにくい。でも、海神さまを呼ばなきゃ。呼び方は聞いてる。

 ええっと、扉の横に鈴が……あった。それから置いてある木の棒で、鈴を2回たたく。それが「あなたの花嫁がお伺いしました」って合図。1回だと眷属さんが来たことになるから、間違えないように。

 うん、ちゃんと覚えてる。


 ちりん、ちりりん。

 お返事はすぐにあった。


「入るがよい」


 夫婦、なんだよね。低くて重たい声だけが聞こえてきて、やっぱり怖いけど。でも、夫婦なんだ。早くなれなきゃな。

 履物を脱いで、鈴の下あたりに置く。そっと中へ入ってみる。


「九と五十五の刻か。命じた時刻よりも幾分早く来る。殊勝な心がけだ」


 広い寝殿の中は、思ったよりがらんとしていた。あるのは灯りと衣装棚、鏡台、小さな机――それから、部屋の真ん中に、屋根のついた寝台がふたつ。片方はすごく大きくて、もう片方はそうでもない。そっか、一緒の寝台で寝ることはないんだ。ちょっと安心した。……いやなわけじゃないんだよ? でも、まだちょっと早いと思うし、どきどきするしって、それだけ。

 海神さまはだぼっとした黄色い寝間着姿で、右側の寝台に腰かけて待っていた。足を組んでゆったりした感じ。わたしはまだ、そんな風にはくつろげない。

 海神さまが左側の寝台を指さす。向かい合って座れってことかな。とりあえず、そうしてみた。ふたつの寝台の間にはちょっと距離がある。向かい合って座っても、足はぶつからなかった。


「余はふだん睡眠をとらないが、寝間着とやらを着てみた。こちらのほうが汝も落ち着くのではないかと、三智鮮の一匹から提案があってな。どうであろうか」

「お、お気遣いありがとうございます。でも……」

「でも、なんだ?」

「ごめんなさい、ちょっと言いにくいですっ……!」


 だって、海神さまの寝間着がちょっと大きいから、隙間からその、お、お胸が……! 筋肉?がたくさんついた青い肌の身体が、全然隠せてない。つい目を逸らしちゃった。どんどん顔が熱くなってくのが、自分でもわかる。全然無敵じゃなかったよ、わたし。

 コルニ村の漁師さんたちは、海には悪い怪物と危険な魚がたくさんいるからって絶対肌を出さないし、男の人の身体って見た覚えないんだ……って、あれ?


「海神さま、お胸に傷あとが――」

「大したものではない。それよりも、本題に入ろうではないか」

「は、はいっ」


 海神さまは落ち着いた声のまま。でも、「これ以上聞くな」っておっしゃりたいのがよくわかった。


 ……そのあとのびっくりもびっくりな発言で、全部吹き飛んだけど。


「話というのは他でもない、『夫婦の時間』に関してである」

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